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召喚された司書の相談所〜偽装結婚ですが旦那様にひたすら尽くされています〜  作者: 有木珠乃
第2章 穏やかな日常に潜む影

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第15話 なかなか上達しない占い

 ようやく見慣れてきた相談所の扉が開き、冷たい風と共に今日、最初の相談者がやってきた。冬から春へと変わる時期だが、まだまだ空気は冷たい。


 この相談所の中に、ストーブのような暖房器具はないけれど、代わりに温石のようなものが四方に置かれている。それが部屋全体を温めているのだと、グリフィスが教えてくれた。どうやら、この世界では簡易的な暖房器具として、普通に使われているらしい。


 相談者は一礼をすると、上着を脱ぎ、私の向かい側にある椅子に腰かけた。


「おはようございます。今日はどのようなご相談でしょうか」


 ここに来る相談者は大抵、成人が多いのだが、相手はどう見ても少女のように幼い。といっても、私が前にいた世界の高校生くらいだが。


 この世界の就学率がどの程度なのかも分からないし、そもそもこの年齢の子どもが通う学校があるのかも分からない。けれどそんな少女が、あの行列の一番に並ぶほど、早くからこの図書館に来ていたのだ。よほどの理由があるのだろう。


「大丈夫です。ここでの話は、外部に漏れることは一切ありません。安心してお話しください」


 子どもだからといって、小さい子向けの口調を使ってはいけない。この多感な年齢の時は、大人と同じ対応を取り、さらに口調も柔らかくするのが一番いいのだ。


 図書館には、本当に色々な人が訪れる。


 少しでも少女の緊張を解いてあげたかった。すると、一瞬だけハッとしたような表情で私を見たが、また硬い表情に戻ってしまった。けれど、きつく結んでいた口元だけは違う反応を示した。


「……実は、家が仕立て屋をやっているんです」

「まぁ! それは素敵ですね」


 この世界は私が前にいた世界とは違い、既製品。万人に合うデザイン、サイズに合わせた服は売っていないのだ。オーダーメイドが主流だった。とはいえ、そのようなことができるのは、裕福な家ばかり。

 大抵のご家庭は、母親が子どもたちの服を作るのが主だった。


 私の場合は、自分で作ることができないため、グリフィスに買ってもらっている。この世界のお金を持っているわけではないのだから、仕方がないことなのだが。


「お客様の要望に合わせながら、見栄えや体形に合わせた服を見事に作り上げる技術は、いつも感服します。私も自分で作れたらいいのですが、やも得ず、仕立て屋さんのお世話になっているんですよ」


 とはいえ、図書館に勤めて半年。それなりに働いてきたが、一着購入するには勇気がいる金額だった。

 経営難、ということもあり、お給料は雀の涙程度しかもらえないのだ。それは本屋を経営しているグリフィスも同じだというのに、どうして浪費家のようにポンポン出せるのだろうか。摩訶不思議である。


「……ありがとうございます。私も誇りのある仕事だと思っています。母の跡を継いで、立派な仕立て屋になりたい、そう思っていました」


 過去形……つまり、そういうことか。


「迷っていらっしゃるんですね。けれど、他に興味を持つことは、悪いことではないと思います」

「最初、母も同じことを言ってくれていました。「この街の仕立て屋はウチだけじゃないんだから、やりたいことを見つけたら、遠慮するんじゃないよ」って」

「素敵なお母様ですね」


 私は率直な感想を述べた。少女もまた、同意するかのように表情を和らげる。けれど次の瞬間、再び表情を曇らせた。


「だけど、口ではそう言いつつも、どこかで私に継いでほしいと期待していたんじゃないかって、最近思うようになったんです。私がお菓子職人になりたいって言ったら、急に怒りだして」


 つまり、応援してくれると思っていたのに、反対されたということかな。


「お菓子職人が気に入らなかったのでしょうか」

「同じ並びにパティスリーがあるんです。そこに並ぶマドレーヌやスコーンが可愛くて。母と一緒に買いに行ったこともあるんですよ。その時の反応は、別に悪くなったので、大丈夫かと思ったんですが」

「なぜか反対された、と」

「はい」


 ショーケースに入ったお菓子は、確かに可愛いし、年頃の女の子が憧れるのも無理はない。仕立て屋とお菓子職人では、片手間にできる仕事でもないから、両立は難しいだろう。

 趣味ならともかくとして。


「では、ルノルマンカードでお母様があなたをどう思っているのか、聞いてみましょうか」


 私はテーブルの上に置いていた、猫のルノルマンカードを手に取り、シャッフルをし始めた。


 どうして反対をするのか、相談者に何を想い、何を求めているのか。考えながら何度もカードをシャッフルする。

 テーブル越しに感じる緊張は、今も慣れない。けれどそれは私もまた同じ。


 カードの山の上から七枚目を引き、テーブルの上に置いていった。


「まずは手紙、淑女。今回はお母様の心情を聞いているので、この淑女はお母様を表しています。次に家。中段に太陽、蛇、山。下段は碇、木、最後は鳥ですね」


 ルノルマンカードの九枚展開は色々な角度から読み取ることができる。けれどやはり一番気になるのは蛇だ。


「真ん中に出ているカードは、キーカードといい、九枚の中でも一番重要なカードです。そこに嫉妬や裏切りを表す蛇が出てきました。少なからず、お母様はあなたに対して、そういう感情を抱いているようです」

「そこは……覚悟していたので大丈夫です」

「でも、悲観しないでください。蛇の隣には太陽が出ています。これはルノルマンカードで一番強いカード。最強のカードだと言われています。つまり、あなたの成功を望んでいることは確かなんです」


 そうでなければ、太陽なんて強いカードは出てこない。けれど少女の表情は晴れなかった。


「では、細かく読んでいきましょうか。上段にある手紙、淑女、家を見ると、あなたがおっしゃったように、家のことをちゃんと伝えていたことが窺えます。山は壁、障害という意味なので、成功を祈りつつも、嫉妬が邪魔をして素直になれないのかもしれません。下段が、まさにそれを象徴しています。碇は仕事運を見る時に使うカードですから、それを踏まえて読むと、話し合うことが、安定に繋がる、とルノルマンカードは言っています」


 もしくは、お母様が相談者と話をしたがっているのかもしれない。反対しているから、その読みは難しいかもしれないが、どちらかが歩み寄れば、話し合える。二人ともその機会を探っているのかもしれなかった。


「母と話し合う……」

「すぐにはできませんよね。また衝突したら、とか。色々と心配する気持ち、よく分かりますから」

「はい。できればこれ以上、母とギクシャクしたくはありません」

「……タロットカードにアドバイスをもらいましょうか。何かヒントをもらえるかもしれません」


 ルノルマンカードほど、タロットカードは明確な答えを出してくれない。けれど、そこからピンと来るものが、一つでもあるのかもしれない、と思ったのだ。


 結局こういうものは、自分の中に答えがあるものだから。


「『WHEEL(ホイール) OF(オブ) FORTUNE(フォーチュン)』(運命の輪)、カップの九、ペンタクルの三。どうやらカードも同じようなことを言っていますね」

「どういうことですか?」

「話し合うことは避けられない、ということです。そしてウィッシュカード、幸運を表すカードの一つである、カップの九が出てきました。つまり、それが正しい道であり、ペンタクルの三がお母様にあなたの成長した姿を見せるチャンスだと出ています」


 私はカードの山の一番下にあるカードを見た。これはボトムカードといい、潜在意識を教えてくれる。『THE() FOOL(フール)』(愚者)が出た。


 タロットカードの最初のカードであり、ゼロ番のカード。未知の世界へ踏み出せ、とカードも背中を押してくれている。


「大丈夫です。始めは怖いかもしれません。向き合うことは勇気のいることですから。しかし、カードたちはあなたの挑戦を後押ししてくれています。だけどこれでは、何をどういえば説得できるのか、までは分かりませんね」


 カードはただそれが正しいとしか言っていない。私がちゃんとした占い師だったら、的確な読みでアドバイスができたんだろうけど。


「いいえ。それは私自身が考えて、乗り越える問題です。だから……」

「ありがとうございます。私が未熟なばかりに。せめて、ここの図書館でお菓子に関する本を見ていってください。少しでもヒントが……あるといいんですが」


 私があまりにもしょげているからなのか、相談者の少女がクスリと笑った。


「よく当たるって話でしたけど、占い師さんでもそう思うんですね」

「当たるだなんて!? 皆さん、お優しいから、当たった話しかしないだけですよ。外れても、怒らないことが前提で占いをさせてもらっていますから」

「外れても……」

「あっ、だから、あまり期待しないでくださいね」

「いいえ。なんとなくですが、分かったような気がします。私も母に全部分かってほしい、と思ってはいけないってことが。当たって砕けろ精神で頑張ってみます!」


 なんだかよく分からないけれど、相談者が前向きになってもらえたのなら良かった。だけど、もっと的確にアドバイスができたらな。そう思わざるを得なかった。

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