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召喚された司書の相談所〜偽装結婚ですが旦那様にひたすら尽くされています〜  作者: 有木珠乃
第1章 偽装夫婦の日常

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第14話 決意(グリフィス視点)

 スヤスヤと小さな吐息を立てながら、私の腕の中で眠っている。黒いまつ毛がよく見えるほど、近くでアゼリアの寝顔を見たのは、これが初めてだ。


 寝室を共にしているが、ベッドはそれぞれ別れている。偽装結婚ということもあるが、自身にかけた魔術がいつ切れてしまうのか、それを恐れてのことだった。

 気を抜いているつもりがなくとも、体が悲鳴を上げてしまうと、ウサギに戻ってしまうのだ。


 この街を最初に案内した時のアゼリアの驚きぶりが、今でも目に焼きついている。驚愕した表情の中に垣間見える、恐怖だと明らかに分かる小さな震え。私の腕にしがみつきたいのに、遠慮する態度も含めて。


「もっと頼ってください」


 だからすぐに寝たい、というアゼリアの願いを叶えた。街中で魔術を使いたくはなかったが……やむ得ない。


「アゼリアの体が第一、ですからね」


 この疲労がただの仕事疲れなら、私もここまではしない。図書館で、司書の仕事をしているのであれば。


 しかしアゼリアがやっているのは、司書の仕事ととはほど遠いもの。だが、占い自体を否定しているのではない。アゼリアの趣味でもあるし、できればそれを応援したいとは思っている。

 問題なのは、あのタロットカードを使っているからだった。


 視線をアゼリアから鞄へと向ける。意識していなくても、自然と注視してしまう。姉が封じられたタロットカードへと。


「何か、影響を受けていないといいのですが……」


 視線を向けても、鞄からタロットカードを取り上げようとは思わない。アゼリアに使ってほしくないと望んでいても、それを排除することすら、私の頭にはなかった。


 なぜならアゼリアが、毎日、生き生きとしているのを見ているからだ。好きな本に囲まれた空間で、好きな占いをする。アゼリアにとっては、理想の職場なのではないだろうか。


 それを取り上げるくらいなら……密かにサポートに回っている方がいい。


「ん〜」


 アゼリアが僅かに眉を顰めて唸った。耳を澄ませると、帰宅時間というのもあるのだろう。外が騒がしい。


 私はウサギ獣人だが、聞こえ過ぎる耳を魔術で調整している。そう、たとえばこんな風に。


静寂結界(サイレンシア)


 今回は車室に施したから、これでアゼリアも安心して寝られるだろう。問題なのは、今、襲撃にあったら、だ。外部の音が聞こえなければ、対応もできない。


 あぁ、これだから魔術が使えると厄介なのだ。本当はいけないと分かっていても、叶えてあげたくなる。これが私の本質であり、姉は逆だった。


 誰よりも手を伸ばし、届かぬと知っていても、諦めなかった。それが、破滅の始まりだと知っていたのかは分からない。いや、たとえ知っていても、手に入れないと気が済まなかったのだろう。

 そんな姉だが、他人が持っているものには興味がない人だった。欲しいのは、けして自分には届かない領域。そう、魔術を極めるためなら、なんにでも手を出したのだ。文字通り、躊躇いなく。

 そして自分の魔力の限界に気づき、禁忌にまで手を染めた。


 稀代の魔女ウルリーケ・ハウエル。


 あの黒フードの男たちは、おそらくウルリーケの魔力が欲しいのだろう。あのタロットカード、七十八枚には、ウルリーケの魔力が分散されている。禁忌を冒してまで手に入れた魔力は、そのくらい膨大なのだ。


 本来、使用すること自体が危険なのだが、なぜかアゼリアは平然と使っている。


「本当に、どこも異常がないのですか?」


 この質問がお気に召さなかったのか、アゼリアは顔を隠すように、私の体にすり寄ってきた。彼女はウサギではないのだが、嬉しさが拭えない。私の傍にいることを、安心だと捉えているように感じてしまうからだ。


「そんなことをされたら、私も応えたくなるではないですか」


 アゼリアの体をさらに引き寄せ、彼女の頭に顎を乗せる。先ほどのような唸り声が聞こえないことをいいことに、家に着くまでそのままの体勢でいた。


 分かっている。こんなことをしても、私たちは偽装結婚をしている間柄。本来の目的を忘れてはいけない。共にいることさえ、互いの利害の一致だということを。



 ***



 そう自分に言い聞かせ、アゼリアをベッドの上にそっと置いた。


「本当に魔術への耐性がないんですね」


 ほんの少し眠慰(ネムリエ)をかけただけで、これである。馬車から降ろしても、移動している間も、アゼリアが起きることはなかった。時折、唸り声を上げることはあったが、抱き方を変えると、すぐにまた穏やかな顔になる。

 

 しかし今はそんな心配をしている暇はなかった。私には私のやるべきことがある。アゼリアが寝ている今しか、それはできないのだ。


 私はアゼリアと共に馬車から降ろした鞄を、寝室のテーブルの上に置いた。タロットカードを取り上げなくとも、確認をするだけなら、許されるだろう。


 罪悪感は拭えなかったが、それでも私には向き合う資格がある。まるで自分を洗脳するかのように暗示をかけた。


 そっと鞄からポーチを取り出す。あまり見たことのない形だったが、アゼリアが開けているところを何度も見ているから、やり方は知っていた。摘みのようなものを掴み、一気に横に引く。ジャーという変な音に驚いたが、これはアゼリアがやっていた時にも聞いた音だ。


 思わず後ろを振り向き、アゼリアの様子を探る。寝返りを打ったのか、後ろを向いていて、起きた様子はない。


 ホッと胸を撫で下ろし、再びポーチへと視線を向ける。中にはそれぞれ大きさの異なった二つの小さな箱が入っていた。

 私は迷わずに、大きい方の箱を取り出す。白いウサギが描かれた、タロットカードの箱を。


 アゼリアは前にいた世界で購入したものだと言っていた。


「これを可愛いというのですから、アゼリアも物好きですね」


 私には邪悪なウサギにしか見えない。箱から滲み出ている僅かな魔力が、それを物語っているからだ。

 だからこそ、確かめなければならない。


「ウルリーケ」


 姉の名を呼び、箱を開ける。すると、円が何重にも描かれたカードが目に入った。おそらく魔法陣だろう。複雑すぎて、ざっと見ただけでは読み取れない。

 中身を取り出すと、全てのカードにそれが描かれていた。


「いや、印刷されたもののようですね」


 手書きでなくてもいいとは……それくらい、この魔法陣を作った者が優秀だったのだろう。だが、今はこれを分析するために、カードを手に取ったのではない。


 私は一番上のカードを捲った。


「『|THE HANGED MANハングドマン』(吊された男)」


 そう書かれているが、描かれているのは宙吊りにされた白ウサギである。垂れた耳が吊るされたことによって、耳が立っているように見えるのが、なんとも滑稽な姿に映った。

 しかし足は縛られ、手も後ろに回されている。


 拘束された姉の姿を見ても、なんの感情も抱かないどころか、そのまま縛られていてくれ、と望んでしまう。


 しかし奴らは、おそらくそんな姉を解放するのが目的なのだろう。稀代の魔女を復活させて何をさせたいのか、までは知らないが、よくないことであることは間違いないだろう。


 私はそっとカードを箱に仕舞い、再びポーチの中に入れた。勿論、そのままにはせず、鞄に戻す。そしてアゼリアが眠るベッドへと足を向けた。


「絶対に守ってみせますから」


 ベッドの前で跪き、祈るようにその背中へと決意の言葉を述べた。

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