第7話 勝負
「え……は、え、えぇ……? わ、わたしのことが、す、好きぃ!?」
驚きすぎて声が上擦ってしまうわたしに、遠川詩は「……ああ」とぼそぼそと言う。
「えーと待ってください、それはあれですよね、友人として好……いや別にあんたとわたしは友人じゃないか、だとすると『クラスメイトとして好き』で合ってます?」
「そ、そんな訳ないだろう! ……ひとりの女性として、君のことが好きなんだ」
遠川詩は恥ずかしそうに告げた。
わたしは取り敢えず机に落としたスプーンを右手で拾いながら、額に左手を当てる。
「……あんた、趣味悪いですね。どうしてよりによって、わたしなんか」
「……最初はただ、気になる存在だったんだ。クラスの誰ともつるむことなく、いつも窓の側の席でひとり過ごしている佐山さんの横顔が、とても綺麗で。気付いたら、目で追い掛けてしまうようになって……」
「まずわたしの横顔は別に綺麗ではありませんが、一万歩譲って綺麗だったとして、横顔が綺麗な女なんてごまんといるでしょう」
「そんなことはない! 佐山さんの横顔は、唯一無二の魅力を放っている。信じてくれ!」
遠川詩の真っ直ぐな視線に、わたしは思わず目を逸らす。
好意を向けられることなんて初めてだから、正直どうしていいかわからない。そして、好意を向けられているとわかった以上、褒められるのが何だかこそばゆくなってしまう。やめてほしい。
沈黙しているわたしに、遠川詩は言葉を続ける。
「……それで、妹の学費を稼ぐために、ダンジョン配信者になってみようと思って。調べてみたら、『カップルダンジョン配信者』というのが最近流行りだと知って。相手役は、佐山さんしか思い浮かばなくて……」
「……ていうかあんたもしかして、金を稼ぎたいっていう理由以外にも、気になる女とカップルを演じたかったっていうのもあるんじゃないですか?」
「そ、それは! ゼロと言ったら、嘘になってしまうかもしれないけれど……だ、だって、佐山さんが可愛すぎるんだもん……!」
顔を両手で覆う遠川詩。王子様がもんとか言うのキャラ崩壊すぎない?
「し、しかも、配信してみたら、佐山さんがボクのことを救ってくれて……可愛いだけではなく、強く優しくかっこいい佐山さんに、すっかり、惚れ込んでしまったんだ……」
わたしは現実逃避の意を込めて残りのパフェを食べ始める。食べ終わったら帰ろう。この現実から逃げよう。
「お願いだ……佐山さん。ボクと正式にお付き合いをして、そしてカップルダンジョン配信者を続けてほしい……!」
「さらっと要求を増やすんじゃねぇ!」
「だ、だめか……?」
遠川詩がうるうるした目でこちらを見つめてきている。逆に何でいけると思ったんだ?
わたしは深い溜め息をついてから、口を開く。
「わたしはあんたのこと別に好きじゃないし、カップルダンジョン配信なんてもうやりたくないです。だから、ダンジョン配信を続けたいなら、他の相手を探すか、ひとりで――」
そこまで言って、その先の言葉を紡げなくなってしまう。
脳が勝手に、考える。
(……こいつ、ダンジョンに潜りたての、初心者で)
(そんな中で、配信まで続けて)
(そういうこと、してたら。……もしかしたら、)
(――死んじゃうんじゃないだろうか)
「…………あ」
小さな、変な声が出た。
胸の中に、どす黒い嫌な感情がぐるぐると渦巻いていって、それを忘れたくて急いでパフェを一口食べる。でも、何だかもう味がしなかった。さっきまでは美味しかったはずなのに。
「……佐山さん? どうかしたのか?」
遠川詩が話しかけてくる。わたしは、返事をすることができない。
(……そんなの、よくある話だろ)
(ダンジョン配信者なんて死と隣り合わせなんだから)
(大体、こいつが死んだって、どうでも……)
「……あ。口元、クリーム付いている」
そんな言葉と共に、遠川詩はテーブルナプキンを取ると、わたしの口元へと手を伸ばしてくる。
その姿が――重なってしまう。
「…………っ!」
わたしは遠川詩の手を払いのけた。
遠川詩は目を見張ってから、「ご、ごめん。迷惑だったかな……」と寂しそうに言う。
わたしはきゅっと唇を噛んだ。
(何で、似てるの)
(ちっとも似てなければ、わたしはすぐに、捨てられたのに)
(ずるいよ)
ぼそりと、呟くように言う。
「……ダンジョン配信なんて、やめてください」
「え……?」
「そんなことしなくても金を稼ぐ方法なんていっぱいあるじゃないですか。普通にバイトすればいいじゃないですか。あんたが命懸けでやる必要なんて、ないでしょ。もしあんたが死んだら、妹さんはどう思うの?」
遠川詩は、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
それから、柔らかく微笑った。
「佐山さんは、心配してくれているんだな。ありがとう……嬉しいよ。でも、」
遠川詩は、そよ風のような声で言う。
「大丈夫だよ、ボクは死なないから」
何を根拠にそう言えるんだ、とわたしは遠川詩を睨んだ。
「……それに、バイトはもう、いっぱいしているんだ。稼いだお金は、生活費に消えてしまう。だから、ダンジョン配信みたいに手っ取り早く稼ぐ方法が必要なんだよ」
そう言って優しい顔をする遠川詩に、睨む気もなくなってしまう。
どうしたらこいつを、ダンジョン配信から遠ざけられるのだろう――思考を巡らせた結果、わたしは一つの答えに辿り着いた。
わたしは、遠川詩と目を合わせる。
「――そうしたら、わたしと勝負しましょう」
遠川詩が、不思議そうに首を傾げる。
「勝負……?」
「はい。もう一度だけ、わたしは『サヤ』として、あんたとカップル配信をしてあげます。それで、わたしが今後もカップル配信を続けたいと思えたら、あんたの勝ち。カップルダンジョン配信者として、今後もあんたと活動します」
「ほ、本当か……!?」
遠川詩の表情がぱあっと明るくなる。
わたしは呆れながら、「ただし」と言った。
「わたしがカップル配信を続けたいと思えなかったら、あんたの負け。あんたが負けたら、もう、ダンジョン配信なんて二度とやらないでください。その場合、妹さんの学費はわたしが全部払います」
「全部払う、って……そんな、佐山さんの負担が」
「わたしね、金持ちなんです。だから、ちっとも負担になんてならない。自分の家の問題は自分で解決したいとか、そういうプライドは捨ててください」
わたしはスプーンを、遠川詩の方へ向ける。
「どうですか? この勝負、受けてくれますか?」
わたしの言葉に、遠川詩は少しの間沈黙して。
それから、パーフェクトスマイルを浮かべて言った。
「ああ、受けて立つよ。――ボクの力があれば、絶対に佐山さんにカップル配信を続けたいって思ってもらえるはずだからね」
わたしは「そうこなくっちゃ」と言って笑う。
それからパフェの最後の一口を食べて、席を立った。
「じゃあ、明日の放課後に。今日は用事があるので、帰ります」
「ああ。……早く佐山さんと正式なお付き合いができるよう、そちらも頑張らせてもらうね」
「その可能性はゼロなので安心してください」
わたしはがっくりと肩を落とす遠川詩を鼻で笑って、スクールバッグを持って歩き出した。