第6話 遠川詩の想い
――【朗報】死んだはずの最強ダンジョン配信者・巡葉恵、生存が確認された件【百合カップル】
――【悲報】俺のめぐめぐ、王子様系女子の彼女になってた
――巡葉恵について語るスレ part.89
――ダンジョン配信者総合スレッド312
わたしは朝の通学路を、げんなりとスマホを見つめながら歩いていた。
掲示板はどこも巡葉恵の話題で持ちきりだった。
『らぶらぶ♡ サヤトワカップル♡』の片割れ「サヤ」と巡葉恵の関連性について、様々な憶測が飛び交っている。
「まさか、こんなことになっちまうとは……」
気付けばわたしの視界に、通っている高校が見えてくる。
装着したイヤホンから流れ込む電子音楽でストレスを軽減しながら、わたしはぼそりと呟いた。
「……やっぱりダンジョン配信なんて、ろくでもねえ」
二度とダンジョン配信には関わらないようにしようという決意を携えて、校門をくぐった。
*
わたしが教室に入ると、一瞬の静寂と共に視線が一気に集中する。
それから、何やらひそひそと言葉が交わされ始めた。
(一日にして居心地の悪化がすげえ……)
もう今日は帰ろうかなと考えながら、わたしは窓際の一番後ろである自分の席に座る。
遠川詩はいつものように、仲のいいクラスメイトたちに囲まれていた。相変わらず人気者のようだ。
スマホに視線を落として、いつものように巡葉恵の動画に浸ろうと、ダンジョン配信サイトを開いたときだった。
「あ、あのおっ!」
声を掛けられて、前を見る。
そこには、やや高めの位置で赤茶色の長髪をツインテールに結んだクラスメイトが立っていた。
名前は確か――栗木瑠々。
遠川詩の取り巻きの一人だ。
面倒なことを言われるのかと思って、つい眉間に皺が寄ってしまう。
「……何の用ですか?」
「え、えーとっ、私、昨日の詩様の配信、見ましたっ! それで……詩様に、恋人がいることを知って……」
どうやらわたしを遠川詩のガチ恋人だと誤解しているらしい。
誤解を解いておこうと思って、わたしは口を開こうとする。
「で、でもっ、それがめぐめぐとあらば、大歓迎っ……!」
思わず口から「えぇ!?」という言葉が零れた。
「実は私、めぐめぐの大ファンなんです……めぐめぐ、死んじゃったって信じてて……ぐすんっ。だから、本当は生きてくれてたってわかって、昨日、大号泣しちゃいましたっ……! よかったあって思って! めぐめぐ×詩様という推し同士のカップルなんて、もう、尊すぎますっ……! あ、あのっ……私と、握手、してくださいませんか、めぐめぐっ!」
わたしは額に手をやると、溜め息をつく。
「配信でも言ったでしょう……わたしは、巡葉恵じゃないです」
「え、で、でも、すごく似ててっ……」
「巡葉恵が好きなんですね」
わたしは栗木瑠々へと、柔らかく微笑みかける。
「……センス、いいですね」
*
栗木瑠々以外には、わたしに絡んでくる物好きはいなかった。
放課後、さっさと帰ってあの場所に行こうと思って、わたしは椅子から腰を上げる。
「……佐山さん。少しいいか?」
右を見ると、スクールバッグを持っている遠川詩がいた。
「……何の用ですか?」
「少し、話したいことがあるんだ。付き合ってくれないか?」
「わたし、用事あるんですけど」
「時間は取らせない。近くのファミレスに行かないか?」
断ってしまおうかと思ったけれど、「話したいこと」というのが重要なものだった場合、聞いておかないと後々まずいことになるかもしれない。
わたしは小さく溜め息をついてから、スクールバッグを肩に掛けた。
「……短時間ならいいですよ。後パフェ奢ってくれんなら」
わたしの言葉に、遠川詩は「ああ、構わない」とパーフェクトスマイルを浮かべて言った。
*
ファミリーレストラン「フラミンゴ」にて。
期間限定の「メガ盛りいちごパフェ」を食べながら、わたしは向かい側の席に座る遠川詩へ告げる。
「で、話って何ですか? このパフェ食べ終わるまでなら聞きますけど」
「ああ、ありがとう。……まずは、これを受け取ってほしい」
遠川詩はそう言って、スクールバッグから何やら封筒を取り出すと、わたしの方に差し出した。
「…………? 何ですかこれ」
「開けてみてくれ」
わたしは怪訝に思いながら頷いて、封筒の中身を見てみる。
――そこには、一万円札が五枚、入っていた。
「は、はあ!? 何でいきなり金!?」
「昨日の配信で、十万円ほど貰えたんだ。だから半分、受け取ってほしい」
「……あのねえ」
わたしは遠川詩へと、封筒を突き返す。
「いらないです。そもそも、あんたの妹さんの学費を稼ぐために始めた配信でしょ? なら、妹さんのために全額使いなさいよ。わたし、金にはぜーんぜん困ってませんから」
……そう、金なんて、有り余っている。
遠川詩は、目を見張って。
それから、微笑んだ。
「佐山さんは、やっぱり優しいな」
わたしは数度瞬きして、それからジト目で遠川詩の方を見る。
「別に優しくなんてないですよ。わたしより優しい人間なんてごまんといると思いますよ?」
「そうかな。でもボクは、佐山さんの優しさが好きだ」
「優しさが好きぃ? ちょっと何言ってるかわかりませんが」
わたしはスプーンでいちごをすくって食べる。爽やかな甘酸っぱさが口の中に広がった。
「……それで、実は佐山さんにお願いがあるんだが」
「何ですか?」
「ああ。……これからもボクと、カップルダンジョン配信者を続けてくれないか?」
……まあ、そうくるだろうなとは感じていた。
正直、一回ダンジョン配信しただけで、妹さんの学費を稼ぎきれるとは元々思っていなかったし。
でも。
「……昨日も言いましたが。わたしは、ダンジョン配信が嫌いなんです」
「うん、わかっているよ」
「ね、わかってるんでしょう? それに、一回きりってわたし言いましたよね? なのでお断りします」
わたしはパフェを食べる手を止めて、遠川詩を見据える。
「そもそも、別にわたしがいなくなってもバズると思いますよ。第二回でカップル解散配信とかおもろいじゃないですか。で、第三回で新しい相手見つけましたーとか。インターネットの人間なんて悪趣味なんで、そういうの好きそうでしょう?」
「……それは、嫌だ」
「なーんで嫌なんですか。妹さんの学費のためならそんくらい頑張りなさいよ」
わたしの苛つきが滲んだ言葉に、遠川詩は「……うう。わかった、正直に言うよ……」と頬を微かに赤く染める。え、何でこの流れでその反応? もしかしてドM?
「……実はボク、佐山さんのことが好きなんだ。……だから、たとえ仮だとしても、他の人とカップルになりたくない……」
その言葉に、わたしの手から、スプーンがからんと音を立てて滑り落ちた。