第39話 佐山恵衣
目を覚ますと、そこには美しい花畑が広がっていた。
わたしは彩り豊かな花々に囲まれながら、立ち尽くしていた。
「え……どこだ、ここ」
怪訝に思いながら、取り敢えず歩き出そうとする。
そのとき、だった。
「――和歌ちゃん」
わたしは、目を見張った。
懐かしい声。
ずっと、ずっともう一度聞きたいと思っていた声……
わたしは、ばっと振り返る。
――真っ白なワンピースに身を包んだねえさんが、微笑っていた。
「…………ねえ、さん」
震えた声音で、わたしは口にする。
「久しぶり、和歌ちゃん」
再び名前を呼ばれて――気付けばわたしは、ねえさんに駆け寄ると、ぎゅっと抱きしめていた。
涙が溢れる。ねえさんが、滲んでいく。
「ねえさん……ねえさんっ、ねえさん……!」
「もう、和歌ちゃん、どうしたの〜。いつものクールな和歌ちゃんらしくないよ?」
「だって……だってえ! わた……わたしのせいで、ねえさんは、死んじゃったんだよ……全部、わたしのせいなんだよ! ごめん……ほんとにごめん、あのときわたしが、ねえさんに優しくできなかったからっ……!」
泣きじゃくるわたしの頭を、ねえさんは優しく撫でてくれた。
狐面を贈った夜を思い出す。
あのときは温かったねえさんの手は、今は氷のように冷え切っていた。
「ううん。何も、和歌ちゃんのせいじゃないよ」
「…………え?」
「わたしが死んだのは、和歌ちゃんのせいじゃない。絶対、そんなことない」
「だ、だって……!」
「わたしの配信の在り方が、間違ってたの」
ねえさんは、寂しそうに微笑う。
「自分の力を過信して、ただでさえ危険なダンジョンの、とっても危険な地域で配信してた。そうすることで、自分がすごい存在になれたような気がして嬉しかったの。わたしが死んだのは、わたしの歪んだ喜びのせいなんだよ。和歌ちゃんのせいじゃないよ!」
「……何で、ねえさんは、そんなに優しいの」
歪んだ口角の側に、さらりと透明な涙が伝う。
「ねえさんはいつだって、尊い存在で……わたしなんかよりずっと、尊くて! わたしが生きてるより、ねえさんが生きてる方が、ずっと世界のためになるのに……」
「そんなことない。わたしは尊くなんてないよ。わたしには抜けてるところがいっぱいあって、いつだって和歌ちゃんだったり、周りの人だったり、リスナーさんだったりが支えてくれたから、笑顔で生きることができた。支えてもらえてなかったら、きっとどこかでぺしゃんこになってた。だから本当に尊いのは、そういう人たちだと思う。……それに、」
ねえさんはわたしの涙を、そっと指で絡め取る。
「わたしは、和歌ちゃんが生きてくれる方が、嬉しい。……和歌ちゃんが、本当はとても思いやりのある女の子だって、わたしは知ってるよ」
「そんなことっ……」
「思いやりがなかったら、わたしのために復讐なんてしないよ〜」
微笑んだねえさんに、また涙が溢れ出す。
「それは……ねえさんが、大切だったから……」
「大切なものに命を懸けられる人って、実は全然いないと思うよ。だから、ありがとうね、和歌ちゃん……わたしのために、あの魔物を殺してくれて」
今度はねえさんが、わたしのことを抱きしめてくれた。
冷えた身体で、それでも香りはあの頃のねえさんのままだった。
「うう……ねえさんっ、わたしね、ねえさんがいなくて、すごく、すごくね、寂しかった!」
「ありがとう、和歌ちゃん。わたしも和歌ちゃんと久しぶりに会えて、とっても嬉しい」
「ねえさん……ごめんね、ねえさん……あのとき、優しく、できなくて……」
「わたしの方こそ、ごめんね。和歌ちゃんに、優しく在れなくて。……わたしね、ダンジョン配信者になれて、すごく幸せだったよ」
「ほんとに……?」
「うん。そのお陰で見ることができた景色や、出会うことができた人が、沢山いるから」
「……そう、なんだね」
――きっと、これは夢で。
今、わたしを抱きしめてくれているねえさんも、もしかしたらわたしがつくり出した幻で。
でも……信じてみても、いいだろうか?
このひんやりとしたねえさんは、
今天国にいる本当のねえさんだということを。
永遠を想わせるほどに続く花畑の中で、わたしは意識がどこかに消えてしまうまで、ねえさんのことを呼び続けた――




