第37話 決着
「〈万能な破壊〉……」
走りすぎて息切れが酷い中、わたしは一縷の望みをかけるように攻撃魔法を唱える。
――でも、あいつには当たらない。
涙が出そうになる。
もう、魔力供給剤は全て使い果たしてしまった。
魔物の口角が、歪な三日月のようにつり上がる。
〈もしかしてもうない!?〉
〈サヤさんここから逃げて!〉
〈ワープは一度使ったらかなり時間置かなきゃいけなかったはず……〉
〈うわそうなのか〉
〈でもななこが来てくれるはず〉
〈ななこ早く来てくれ!〉
〈やだやだやだサヤさん死なないで〉
〈生きててくれるって信じろ!〉
視界に入ったダンホのチャット欄はすごい速度で流れているようだったが、コメントを確認している暇はなかった。
わたしは隠し持っている短剣を抜くと、魔物を睨み付ける。
魔物がけたけたと笑い出した。不気味な声が、反響する。
【その小さな剣で何ができるというのですか?】
【認めてはいかがでしょうか?】
【復讐など所詮は陳腐な怒り。格下が格上に楯突こうなど、愚の骨頂だということを】
「……黙れ。愚かなのは、お前だ」
〈サヤさん喋った!?〉
〈ずっと魔法言うだけで戦ってたのに〉
〈黙れって言ってるけど魔物喋ってる!?〉
〈つええ魔物はテレパシーみたいな感じで話しかけてくる〉
魔物の目が、同情するように細められた。
【何故私が愚かだと仰るのですか?】
わたしは、叫ぶ。
「お前はっ……崇高なねえさんを、殺した! 優しくて尊くて素晴らしかったねえさんを殺したんだ! そんなのは、そんなのは……愚か、だ……」
涙が溢れて、ぼたぼたと地面に落ちていく。
〈え!? 今、姉さんって言った!?〉
〈間違いなく言ってた〉
〈つまりサヤさんって、めぐめぐの妹ってこと……?〉
〈めぐめぐ一人っ子じゃないの!?〉
〈言えない事情があったんじゃね?〉
〈でも妹なら納得いく。めぐめぐ絶対死んでたし、サヤさんは復讐しにきてるんだ〉
〈復讐、って……〉
〈そんな、悲しすぎるだろ〉
〈サヤさん……〉
【崇高だというのは個人的な価値観に由来するものではないでしょうか?】
【本当にその人間は崇高なのですか?】
【人間という存在自体がそもそも害悪なのではないですか?】
「うるさいッ! 黙れよッ!」
わたしは泣きながら、短剣を持って魔物へと駆ける。
――瞬間、視界が流れた。
全身に鈍い痛みが走る。
「かはっ……!」
少し後で、壁に打ち付けられたのだとわかった。
恐らく冥属性の魔法だ。遠隔攻撃。ねえさんも、これにやられた。
手から短剣が滑り落ちていた。
急いで拾おうとして、でもそれも吹き飛ばされてしまう。
のろのろと立ち上がって、数歩前に出たわたしの前で、あいつは笑った。
【配信をしているのでしょう?】
【配信の視聴者に、最後に何かお伝えしたらいかがでしょうか?】
悪趣味な提案に、またちょっとだけ涙が溢れた。
でも――逆に、いい機会かもしれないと、ふと思った。
わたしは泣きながら、微笑んだ。
「…………トワ、」
「ごめんね、わたし、」
「あなたのこと、……好きだった」
伝えるつもりのなかった恋心が、零れる。
滲んだ視界で、最後に見るのが好きな人じゃなくて魔物なのが寂しくて悲しかった。
わたしはそっと、目を閉じて――
「――――魔法を使ってッ!」
その声に、ばっと目を見開いた。
後ろから抱きつかれた感覚と、涸れ切った魔力が再び戻る感覚。
何が起きたかわからないまま、言われた通りに、
「――〈万能な破壊〉ッ!」
魔法を、紡いだ。
ばしゃあっと、赤色が舞った。
甘ったるい魔物の血のにおい。
あいつの身体の三割ほどが、破壊されていた。
魔物は虚を突かれたように呆然としている。
「まだだッ! もっと、もっと使い続けて!」
言われるがままに、わたしはダンジョン・リングに手を添える。
「〈万能な破壊〉!」「〈万能な破壊〉!」「〈万能な破壊〉!」「〈万能な破壊〉!」「〈万能な破壊〉!」「〈万能な破壊〉!」「〈万能な破壊〉!」「〈万能な破壊〉!」「〈万能な破壊〉!」「〈万能な破壊〉!」「〈万能な破壊〉!」「〈万能な破壊〉!」「〈万能な破壊〉!」「〈万能な破壊〉!」「〈万能な破壊〉!」「〈万能な破壊〉!」「〈万能な破壊〉!」「〈万能な破壊〉!」「〈万能な破壊〉!」「〈万能な破壊〉!」――――
……そうして、百回ほど魔法を繰り返した頃には。
血だらけの魔物は、光の粒に包まれ始めていた。




