第35話 side:弓晴ユミカ
……あの日。
――死にたいです。どうしたらいいですか?
今まで誰にも言うことのできなかったグロテスクな希死念慮を、零れた悲鳴のようにチャット欄に書き込んで。
そのときのめぐめぐの反応を、ずっと忘れることができない。
『え、し、死にたい……!? な、何か嫌なこととかあったんですか!? わたしでよければ、お話聞きますよ! というか、聞かせてください!』
――病気で学校、行けなくて。そんな自分、価値ないなって。
『ああ、なるほどなるほど……そういうことなんですね。確かに「周りから外れること」って辛いですよね……でも、わたしはこうも思います。学校なんて、しんどかったら行かなくてもいいんです!』
親指を立てながら告げるめぐめぐに、私は目を見張った。
めぐめぐの言葉は、私の価値観を丸ごとひっくり返すものだったから。
――でも、私、取り柄は成績がいいことくらいで……それすらなくなったら、価値なんてないと思います……
『いやいや、そんなことはありませんよ〜! あなたの価値なら、明示できます! それはね……今こうして、わたしの配信を見に来てくれてること! わたし、リスナーさんがいなかったら、寂しくて配信投げ出しちゃいますもん〜』
めぐめぐはふふっと微笑んで、頬を掻く。
『わたしはこうしてあなたとお話しできて嬉しいし、現実にもあなたのことを大切に思ってる人って、実はいっぱいいるはずです。辛い気持ちも勿論わかりますが、まずはゆっくり休んでみてください! 休むことも、時にはお仕事ですからね!』
温かい言葉に、気付けば頬に涙が伝っていた。
チャット欄にも、私への励ましのメッセージが幾つも書かれていて。
……だから私は、もう少しだけ生きてみることにした。
*
探偵に調べさせたのは、「サヤさん」の通う学校だけ。
めぐめぐに関わるであろうことをお願いしたのは、それが最初で最後だ。私にとってめぐめぐは神様で、神聖なものにずかずかと足を踏み入れることは避けたかった。でも、めぐめぐが死んでしまったと信じていた私は、生き写しのサヤさんと直接話さずにはいられなかったのだ。
『……あの、そもそも、わたしは巡葉恵ではないんです』
サヤさんの言葉は、嘘をついているようには聞こえなかった。
だから私が辿り着いた答えは、サヤさんはめぐめぐの姉妹だということ。
嘘の苦手なめぐめぐが、「一人っ子」と言うときに少しだけ声を震わせるのに、私は昔から気が付いていた。
*
「――以上が、状況の説明よ……何か情報をお持ちの方は、ぜひともチャット欄に書き込んでほしいわ」
緊急で配信を立ち上げた私は、画面の向こうのリスナーに向けて力強く告げる。
〈思った以上にヤバそう……〉
〈誰か雨龍ダンジョンに詳しい人いない!?〉
〈ちょっとDLHで拡散してくる〉
〈私はパインで!〉
〈雨龍もっと探索しておけばよかった〉
〈あの魔物、やっぱりめぐめぐを殺した魔物だよな〉
〈足めっちゃあってキモすぎる〉
流れていくチャット欄をチェックしながら、サヤさんの配信も同時に確認する。
山のようにあったγ型の魔力供給剤は、もう半分ほどが使用済みになっていた。残された時間を思い、きゅっと唇を噛みしめる。
(お願い……誰か、詳しいリスナーに届いて。私の家からでは、今から雨龍ダンジョンに向かっていては間に合わない……だから、こうすることしか……)
祈るように、チャット欄と目を合わせていたときだった。
〈雨宿リリス:こんちゃーす、お初です♡ 解説系ダンジョン配信者のリリスちゃんだぞ♡〉
異様な空気感のコメントが表示されて、思わず目を見張る。
「解説系ダンジョン配信者」という文字列を見て、私はすぐに返答した。
「雨宿リリスさん? 初めまして……私は、弓晴ユミカと言います。もしかして、何か情報をお持ちかしら?」
〈雨宿リリス:もっちろんでーす! 全く、普段は雨宿リスナーちゃんだけにしか教えないから、今回は特別だぞ♡〉
チャット欄を見ると、雨宿さんを知っているリスナーがちらほらと見受けられた。恐ろしいほど情報通、埋もれ気味だが解説系として一流、最高の助け舟……そんな評価に、安堵する。
「ありがとう……何か知っていることがあれば、ぜひ書き込んでほしいわ」
〈雨宿リリス:りょーかいです♡〉
〈雨宿リリス:まず、この魔物についてですが……名称不明。というのも、魔物に名前が付けられるのは、その魔物が初めて討伐されたとき。名称不明ということは、未討伐。また、この魔物が確認された配信は、巡葉恵ちゃんの最終配信のみ。つまり、弱点諸々は完全に不明瞭なので、星属性しか使わないサヤちゃんの戦略は適切でっす♡〉
〈雨宿リリス:続いて、サヤちゃんがどこで戦っているかですが、壁の質感、広さ、状況などから推測して、恐らく雨龍ダンジョン地下47階の隠し部屋。リリスちゃんが以前独自につくっておいた地図データをDLHに公開しておいたぞ♡ ただこの部屋、簡単には入れない仕様になっていて、踏み入れる方法も抜け出す方法もユニーク・スキル「ワープ」の使用のみ。ダンジョンにたまにあるユニーク・スキルでしか行けないタイプの場所で、だからサヤちゃんはここを戦場に選んだんでしょうなー。ただあのレベルの魔物だと空間移動(要はワープと一緒)が可能なタイプでしょうし、魔物側は敢えて逃げずに戦闘を楽しんでるように見えますねえ。あ、レアなユニーク・スキルなんで言わなくても大丈夫だと思いますが、よええ人間が加勢しに行くと多分一発で死ぬから気を付けるんだぞ♡ アイテムも雑に送ると多分邪魔だぞ♡〉
雨宿さんからのコメントがぽんぽんと表示される。
私はすぐにDLHにアクセスし、雨宿さんの地図を確認した。
それは確かに、雨龍ダンジョン地下四十七階の形をしていて。
そして、私が探索したとき疑問に思っていた謎の空白スペースが、その「隠し部屋」だという。
……恐らく、かなり信憑性の高い情報だ。
「情報、どうもありがとう……リスナーさんの中に、ワープのユニーク・スキルを持っていて、なおかつ高い戦闘力の方はいるかしら?」
ぽん、と新しいコメントが表示される。
〈なこねこ百合かっぷる:ななこですわ。相方のねこがそのユニーク・スキル持ちですの。わたくしの戦闘力も、わたくしたちの配信を見ている方はおわかりかと思いますが、申し分ありませんわ〉
なこねこ百合かっぷるの、ななこ。
余り絡んだことはないが、何度か配信を見たことはある。
確かに彼女の戦闘力は凄まじいものだ。
私は真剣な眼差しで、画面を見据える。
「わかったわ……お願い、ななこさん。サヤさんを、救って」




