第30話 現実
――(狐の絵文字)まったりお散歩雑談配信(狐の絵文字) in雨龍ダンジョン地下67階
あれから六日後の土曜日。
わたしはスマホにイヤホンを挿して、「その配信」を見つめていた。
あいつの、動きを、
形状を、特徴を、細かい癖を――
――脳内に、叩き込む。
壊れていくねえさんに心臓を強く握られている心地になりながら、それでもわたしは配信を何度も見た。
やがてイヤホンを耳から引っこ抜き時計を見ると、午前十時三十分を示していた。
「…………行こう」
そう、ひとりごちる。
わたしはねえさんの遺影と目を合わせて、今にも泣き出しそうに微笑う。
*
先週までは春と夏の境界線のような季節だったのに、今週は何だか暑かった。
でも、今日は少し冷えている。わたしは、羽織っているパーカーのポケットに両手を突っ込んだ。
家の周りはねえさんとの記憶に満ちていた。
ねえさんと歩いた道。
ねえさんと遊んだ公園。
ねえさんと訪れたカフェ。
空白の景色も、見るだけでそこにねえさんの虚像を見出すことができた。
それは確かに幸せで、そして確かに苦しい。
もしかしたらわたしは今日死ぬのかもしれない、と思った。そうすれば、ねえさんとまた笑い合えることができるかな。だとしたら、嬉しいな……そこまで考えて、脳裏に遠川詩の笑顔がよぎった。未練のような感情を、自嘲する。
一見完璧な王子様に見えて、実情は天然でアホでエロいという残念な王子様。
――それでもわたしは、遠川詩と過ごしていると、自然と笑顔になれた。
人と関わるのが好きではない自分が、
何故か遠川詩と過ごしている時間は好きだった。
……もしかするとわたしは、遠川詩に恋をしかけているのかもしれなかった。
愚かだと思う。
わたしは遠川詩の恋心を利用して、ねえさんへの復讐を果たそうとしているのに。
だから、この気持ちを遠川詩に伝えるつもりはない。
(……仮に、)
(復讐が上手くいって、わたしがあいつを殺せたとして)
(遠川詩に、全部謝れば、許してもらえるのかな)
(許されたら、恋をすることも許されるのかな)
(…………わかんないや)
眼鏡の先に見える世界は、いつもよりも歪んでいる気がした。
やがてわたしは、雨龍ダンジョンへと到着する。
――遠川詩は、既にその場所で待っていた。
〈仲直り配信をしたい〉
数日前、パインでそう持ち掛けると、遠川詩は提案を優しく受け入れてくれた。
(…………ごめん、遠川詩)
(この配信の本当の目的は、)
(――復讐なの)
「すみません。待ちましたか?」
「大丈夫さ。二時間くらいしか待っていないから」
「待ちすぎ」
せめてもの償いをするように、わたしは遠川詩へと柔らかく笑いかける。




