第3話 煉獄の門番
〈また殴られてるwww〉
〈バイオレンスカップル〉
〈ていうかほっぺたにチュー!?〉
〈至るところでキスするカップルはやはり違う〉
〈ダンジョン内も至るところの内ということか〉
チャット欄が勝手に盛り上がっている。
わたしはげんなりとしながら、叩かれた頭をさすっている遠川詩に「どういうことですか?」とジト目で尋ねた。
「だ、だってえ……ちょっとくらい過激な企画の方が目を引くし、同接数も伸びそうだろう……?」
……まあ、それはそうかもしれない。
よく考えるとこいつの妹さんが幸せな高校生活を送れるかどうかには、この一回限りのカップル配信が掛かっているのだ。そのためなら、こいつの頬にキスくらいしてやってもいいかもしれない。別にこの先誰かと恋人になる予定もないし、キスする予定もないし。
「……そうですね。それじゃ、『王子様』。あんたのかっこいいところ、わたしに、見せてくださいね?」
わたしはリスナー受けしそうなリップサービスを添えて、遠川詩へと微笑みかける。
〈うおおおおおおおおおお〉
〈確かにトワさんって王子様感あるよな〉
〈それでいてへっぽこなのかわいい〉
〈サヤさんのSっぽい感じ好きすぎる〉
〈サヤトワ尊い〉
ダンホの画面を確認する。予想通り、リスナーからの反応はいい感じだ。
ふと遠川詩を見ると、彼女は頬を少しばかり赤く染めていた。王子様が何でこれくらいで照れてんの?
*
わたしと遠川詩は、適当に雑談しながらダンジョンの地下一階を進んでゆく。
そうしていると――ついに、初めて魔物とエンカウントした。
緑色スライムだ。
(めちゃめちゃよええ魔物〜〜〜)
わたしは心の中でツッコんだ。
雫猫ダンジョンの地下一階にいる雑魚魔物・四色スライムのうち一匹だ。他には「赤色スライム」「青色スライム」「黄色スライム」がいて、それぞれ弱点となる魔法属性が異なる。
(まあ、怪我の危険性はなさそうでよかった……こいつら、ぽよんって音立てながら体当たりしてくるだけだし。ほぼノーダメ)
考え事をするわたしの隣で、遠川詩が「出たな! ふっ、ボクに出会ってしまったとは運が悪い……」と足をガクガクさせながら言っている。言葉と動きを一致させてくれ。
〈魔物キタコレ〉
〈こいつなら余裕で勝てるだろ〉
〈早くほっぺたチュー見たすぎる〉
〈スライム、百合のために死んでくれ〉
「ボ、ボクなら勝てる……! いくぞ……!」
遠川詩が颯爽と緑色スライムに向かっていく。
いや、もしかして魔法って割と距離があっても届くの知らない? 距離詰める必要皆無だが?
そんな遠川詩に、緑色スライムがぽよんと体当たりした。
「ひゃっ、ひゃあんっ! 冷たいっ! べたべたするっ!」
遠川詩が王子様らしくない悲鳴を上げる。
〈初心者ムーブすぎるだろwww〉
〈魔法つかいやがれください〉
〈汚れたトワさんも、これはこれで……〉
〈おい、変態がいるぞ〉
〈百合の間に挟まるスライム〉
わたしは溜め息をついてから、遠川詩に声を掛けた。
「あのートワ? スライムに物理攻撃はあんまし効かないんで、さくっと弱点突ける炎魔法打った方がいいと思いますよ?」
「はっ……な、なるほど! その手があったか……!」
いやその手しかねえよ。
心の中でツッコむわたしをよそに、遠川詩は左手の中指に付けたダンジョン・リングに右手を添える。
「い、いくぞ……〈火炎〉!」
遠川詩の魔法が炸裂する。
炎魔法の中では最も簡単なものだが、緑色スライムを倒すには充分だ。
緑色スライムに魔法が直撃し、すぐに真っ白な光の粒となってさらさらと消えていく。
「や、やったあ! 倒したぞ!」
ぴょんぴょん飛び跳ねる遠川詩。その王子様らしからぬ行動に、わたしは思わず苦笑いしてしまった。
〈キターーーーー!〉
〈これでようやく百合が拝める〉
〈スライム、ありがとう〉
〈スライムに投げ銭したい〉
〈お前のお陰でダンジョンに百合の花が咲くよ〉
盛り上がるチャット欄に、わたしははあと溜め息をついた。
女同士のキス(しかも頬)にここまで需要があるとは、不思議な社会だ。
「……それじゃあ。トワ、こっち来てくれますか?」
わたしが手招きすると、遠川詩は目を見張って、それから恥ずかしそうに目を伏せた。いや何だその反応。あんたが企画したんだろ。
遠川詩が頬を微かに赤く染めながら、ぼそりと言う。
「や、優しくしてくれ…………」
頬にキスに優しくするも何もないだろ。優しくないやつって何? めっちゃ歯形つけるとか?
真顔のわたしに相反して、チャット欄は大盛り上がりの様相を見せ始めた。
〈ああああああああああ!〉
〈ちょっとこれは尊すぎる〉
〈このビジュでこの台詞はギャップ萌えでしかない〉
〈えっちだ……〉
〈俺、今日からトワさん推しになるわ〉
〈俺はサヤさんを推すぜ〉
気付けば最初は一桁だった同接数も三桁まで伸びている。
何というか、物好きなリスナーだな……
そう考えながら、わたしは歩み寄ってきた遠川詩の目を見る。
「大丈夫ですよ、痛くはしませんから」
「ほ、本当か……? 一ヶ月くらい跡が残ったりしないか?」
「んな訳ねえだろ」
思わず笑ってしまう。ほんと変な王子様だな、こいつは。
〈一ヶ月跡残るキスやばすぎる〉
〈キスマークでも三日くらいで消えるやん〉
〈お前……何故キスマークが三日で消えると知っている?〉
〈さてはリア充か〉
〈爆発しろ〉
遠川詩は、覚悟を決めたようにきゅっと目を閉じる。
わたしは彼女の両肩に手を置いて、頬にキスしようとして――
――ばっと、目を見開いた。
「…………ッ!? 〈堅牢な守護〉ッ!」
わたしは遠川詩を抱き寄せながら、ダンジョン・リングに手を添えて魔法を唱える。すぐにわたしと遠川詩を中心として、半径三メートルほどの球状の防御が展開された。
そして――視界に吹き荒れる、爆炎。
〈なになになになになに!?〉
〈炎!?〉
〈おい爆発しろとか言うから!〉
〈すまん俺のせい!?〉
わたしは吐き捨てるように言う。
「何でこんな上層部に、煉獄の門番がいるんですか……!」
どこか百獣の王を想わせる風貌の、血のように真っ赤な魔物。
――雫猫ダンジョンの最深部にしかいないはずの煉獄の門番が、わたしたちの前に佇んでいた。