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第24話 追憶③

 ――忘れもしない。

 わたしが中学二年生で、ねえさんが高校二年生のとき。

 梅雨の、しとしとと冷たい雨が降っていた土曜日。


「和歌ちゃん。明日、一緒にカフェに行こうよ〜!」


 リビングのソファで巡葉恵ねえさんの配信アーカイブを見ていたわたしは、ねえさんにそう声を掛けられる。

 わたしは耳からイヤホンを引っこ抜いて、「……カフェ?」と繰り返した。


「うん! リスナーさんから、美味しいマカロンドリンクを売ってるカフェを教えてもらったの! わたし、和歌ちゃんと一緒に行きたくて……どうかな?」


 首を傾げたねえさんに、わたしは最近ずっと疑問に思っていたことを、ようやく尋ねた。


「……ねえ、ねえさん」

「ん? なあに?」

「気になってたんだけど……最近、配信の頻度、落ちてない?」


 わたしの言葉に、ねえさんは淡く目を見張ってから、どこか曖昧に笑う。


「あはは、バレちゃったか〜……」

「どうして?」

「えっとね……勿論、ダンジョン配信をするのってすごく楽しいし、幸せなんだけど……わたし、気付いたの。それが原因でわたし、大切な和歌ちゃんとの時間を疎かにしてるんじゃないかな、って……」


 わたしは、呆然と目を見開いた。

 ねえさんは頬を掻きながら、微笑う。


「だからね、わたし、これからは配信の頻度は少なめにして、和歌ちゃんと色んなところに行きたいなあって! 和歌ちゃんはさ、どこか行きたいところとかない? マカロンドリンクは完全にわたしの趣味だから、他に希望とかあったら、全然そっちでも――」

「駄目だよ」

「……え?」


 ぱちぱちと瞬きを繰り返すねえさんと、わたしはソファから立ち上がって目を合わせる。


「駄目。だってねえさん、今すごく話題のダンジョン配信者なんだよ。今頑張れば、ねえさんの存在がもっと色んな人に広まるの。だから、配信の頻度を落とすなんて駄目」


 早口で言うわたしに、ねえさんは少しの間沈黙してから、悲しそうに目を伏せる。


「……和歌ちゃんは、寂しくないの?」

「え?」

「わたしは、寂しいよ……配信を始める前は、もっと和歌ちゃんとの時間があった」

「寂しいも何も……だって、ねえさんなら、いつでもここにいるじゃない」


 わたしはそう言って、手に持っているスマホをねえさんへと見せた。

 ねえさんはひゅっと息を吸い込んで、それから口角を歪める。


「……それは、『巡葉恵』だよ。『佐山恵衣』じゃ、ない……」

「どっちも、ねえさんだよ」

「それは、そうだけど……じゃあ、和歌ちゃんは、わたしは佐山恵衣じゃなくて、巡葉恵でいた方がいいと思うの?」


 そう問われて、わたしは考えた。

 先程まで眺めていた配信のチャット欄は、巡葉恵を賞賛する声で溢れていた。DLHでも、掲示板でもそうだった。

 佐山恵衣ねえさんよりも、巡葉恵ねえさんの方が、世界に大きな影響を与えることができるのだ。

 そして――尊いねえさんは、そうあるべきだと思った。

 だから、答えた。


「――うん。巡葉恵の方が、いいと思う」


 わたしの言葉に、ねえさんは息を呑んだ。

 それから、ぽろぽろと涙を零し始める。


「……そう、なんだね。わかったよ……明日も配信、するよ」


 そう言って、ねえさんはわたしに背を向けた。


 酷いことをしてしまったような気もした。でも、そのときのわたしは幼くて、(こんなことで泣かなくてもいいのに)という冷たい感情も浮かんでしまった。


 だから――わたしは、ねえさんに優しくすることができなかった。


 リビングの扉が閉じられた音がする。

 取り残されたわたしは、何だか無性に苛々として、近くにあったソファを蹴った。

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