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第11話 災いを運ぶ水妖精

 ダンジョンを歩いていると、早速魔物に遭遇した。


 赤色スライムだ。


(前回の配信に引き続きまたしてもよええ魔物〜〜〜)


 げんなりとするわたしの隣で、遠川詩は随分と嬉しそうだ。表情を輝かせながら、「サヤなら楽勝だな!」と笑っている。ああそうだよ楽勝だよ。


〈スライムキターーーーー!〉

〈サヤさんならワンパンどころか0.1パンよ〉

〈0.1パンは草〉

〈あんぱん食べたくなってきた〉

〈俺はカレーパン〉


 食べたいパンの話題で持ちきりになるチャット欄を生温かい視線で見る。こいつらはお気楽そうでいいな。わたしはクリームパンで。

 そんなことを考えながら、焦らす気にもならずダンジョン・リングに右手を添えた。


「〈水球ワタル〉」


 水魔法が赤色スライムに命中し、すぐに光の粒となって消えていく。


〈こんなに美しい〈水球ワタル〉初めて見た〉

〈いや……かつてめぐめぐのも見たから二回目だな〉

〈赤色スライム、ありがとう〉

〈お前のお陰で百合が見れます〉

〈きっと綺麗な赤い百合だ……〉


 残念なチャット欄を横目で見てから、わたしは遠川詩へ「ほら、さっさとキスしたらどうですか?」と問い掛ける。

 遠川詩は微かに赤面しながらこくりと頷いて、ゆっくりと歩み寄ってくる。さっきまでの嬉しそうな感じはどこへ?

 それから遠川詩は、わたしの目の前で数秒ほど逡巡してから、恐る恐る両手でわたしの右手を取った。そうして――人さし指の先の方に、少しだけ口を付ける。ふに、と指に柔らかな唇の感触が伝わった。それも一瞬のことで、遠川詩はすぐに唇を引っ込めて手も離してしまう。遠川詩の顔が昨日食べた苺みたいに赤くなっている。


 …………ん?


「え、今のでおしまい、ですか……?」

「……う、うう」


 遠川詩は唇を尖らせながら、自分の人さし指同士をつんつんとくっつけている。

 わたしはジト目で遠川詩を見た。


「いや何ですかそのやる気ないキスは? あんたさっき『このキステクがあれば、サヤもイチコロさ』とか言ってましたよね? これがそのキステク(笑)? おいもっと真剣にやりなさいよ」

「しっ、真剣だもん! だ、だってえ、恥ずかしくて……」


 どんどん小声になっていく遠川詩。おいあんた王子様だろ。

 というかリスナーは大丈夫なのか? こんなに期待させておいて、出てきたキスがこれって、ワンチャン燃えてるんじゃ……そう思って、わたしはチャット欄を確認する。


〈ああああああああ〉

〈てえてえすぎる……!〉

〈想像とは違ったがこれはこれで〉

〈えっちだ……〉

〈トワさんかわいすぎる〉

〈サヤトワ最高〉

〈綺麗な桜色の百合だった〉

〈あのスライムは赤色じゃなくて、桜色だったのかもしれないな……〉


 うん、なんか盛り上がってる……何で……?

 わたしはリスナーの「百合」への懐の広さに少し感心しながら、未だに人さし指つんつんを続けている遠川詩を見た。


「まあいいや……次のキスは、ちゃんとやりなさいよ?」

「そ、そうだな……サヤを満足させないと、今夜ボクの身体はいつものように、欲求不満を抱えたサヤによるキスマークだらけになってしまうだろうしいたぁいっ!」


 クソみたいなカップル設定盛る癖どうにかしろ、エロ王子。


 *


 続いて遭遇した魔物は、小竜ちびドラゴンだった。

 全長三十センチメートルほどの小さなドラゴンだ。ネーミングに若干の悪意を感じるがそれはそれとして、吐いてくる炎が少し危険なものの正直雑魚魔物ではある。後なんかかわいい。


「ド、ドラゴン!? 大丈夫か……!?」


 心配そうにわたしを見つめる遠川詩に、わたしは「よええ魔物ですよ」と笑う。


小竜ちびドラゴンじゃん〉

〈かわいい〉

〈雫猫の上層部の魔物ってかわいいの多いよな〉

〈まあ、百合のために死んでもらうが〉

〈無慈悲で草〉


 無慈悲なコメント欄と同じく無慈悲に、わたしは魔法を紡ぐ。


「〈暴風スツム〉」


 小竜ちびドラゴンの弱点は風属性だ。

 魔法が命中し、小竜ちびドラゴンはすぐに光の粒となって消えていく。


「……はい、一丁上がり」


〈うおおおおおおお〉

〈百合キス第二弾待ってました〉

〈流石サヤさん!〉

〈初級魔法もやっぱ上手さの差でるな……〉

〈まあキスも上手いらしいし……〉


 遠川詩のカップル設定が引っ張られていることに溜め息をつきつつ、わたしは遠川詩の方を見る。

 すると彼女は――目と鼻の先にいた。


「いや近ぁっ!」

「……心の準備は、済ませてきた。サヤの準備はいいか?」


 顔を少し赤くしながら、淡く首を傾げる遠川詩。こいつの顔、近くで見るとやっぱ整ってんな……

 というか、わたしがダンジョンの壁の側にいたので、壁ドンみたいな状況になっている。これはリスナー大喜びなのでは?

 取り敢えずわたしは、頷いた。


「……準備なら、いつでもできてますけど」

「それなら、よかった」


 遠川詩が至近距離で優しく微笑う。その微笑みに、一瞬どきりとしてしまった気がした。いや何で!? こいつはエロ王子だぞ!? あれだな、この壁ドンっていう非日常シチュエーションが悪さしてるな……!?


 思考を巡らせるわたしの側で、遠川詩はわたしの首に顔を近付ける。

 それから、わたしの首筋へとキスを落とした。

 少しくすぐったくて、眉間に皺が寄る。


(……首か。まあ、人さし指よりはちゃんとしてるな)


 納得しかけたわたしの首筋に――突如、痛みが走る。


「ん、んぁっ……!」


 思わず声が零れた。いや何!? どういうこと!?

 わたしの動揺も知らず、皮膚を吸われているような痛みが数秒続き……それからようやく、遠川詩がわたしから顔を離す。


「ふっ……ミッション・コンプリートだ」


 照れたように目を伏せながら言う遠川詩に、わたしは(……こいつ、まさか)と思い、急いでダンホを見た。

 そこには。


〈えええええええええ〉

〈キスマーク……だと……!?〉

〈急に積極的すぎるwww〉

〈えっちだった……〉

〈俺のめぐめぐにキスマークがああああああ!〉

〈めぐめぐはお前のじゃないしめぐめぐかもわからんし〉

〈トワさんの覚醒〉

〈しかも衣服で隠れにくい位置やん〉

〈まあキスマークは三日で消えるから平気よ〉

〈お前初回配信にいたリア充だろ〉

〈爆発……は危ないので水没しろ〉


 そんな楽しげなチャット欄と。

 画面に映るわたしの首筋にくっきり付いた、赤色の跡。


「……おいてめえ何してくれとんじゃあああああ!」

「うわあ! キレないでくれ! キレる若者怖い!」

「てめえも若者だろうがっ! と、というかこんなところに跡付けられたら、わたし、困るんですけど!?」


 わたしはそう言いながら、ポコポコと遠川詩を叩く。「じ、地味に痛い!」と遠川詩がお手上げのポーズを始めた。


〈おこサヤさんかわいい〉

〈心なしか暴力に勢いがない〉

〈余程動揺しているようだ〉

〈( ´・ω・)⊃(絆創膏の絵文字) スッ〉

〈優しいリスナーが絆創膏差し出してくれてるな〉

〈( ´・ω・)⊃(マフラーの絵文字) スッ〉

〈マフラーは確かに隠れるけど今の時期暑いだろwww〉


「も、もうっ、何で見えやすい位置にキスマークとか付けるんですかっ! ばかぁっ!」

「す、すまなかったって! サヤがちゃんとやってって言うから……って、危ない! 〈水球ワタル〉!」


 遠川詩は突然わたしを抱き寄せて、水魔法を起動する。

 何が起こったかわからず顔だけ振り返ると、そこには光の粒となって消えていく赤色スライムの姿があった。恐らく、後ろから狙われていたのだろう。


「あ……」

「怪我はないか?」

「な、ないですけど……」

「そうか……よかった」


 そう言って、遠川詩はぎゅっとわたしを抱きしめる。


「は、離しなさいよっ!」

「……やだ」

「やだって何ですか、やだって……!」


 遠川詩の腕の力が強くなる。彼女からはミントのような涼やかな香りがして、また一瞬どきりとしてしまった気がした。おいおい待て待て自分、空気に呑まれるな!


「……ボクも、キスしてほしい」

「え、は、はぁ!?」

「魔物、倒したから……一昨日、ほっぺたにチューしてもらえなかった」


 拗ねたように言いながら、遠川詩がわたしの顔を覗き込んだ。


(ど、どうすればいいんだ!? わたしは!?)


 頭の中の天使が「頬に優しくキスをすれば丸く収まります……」と、悪魔が「頬にキスマークを付けて復讐しちまおうぜ、けけけ」と語り掛けてくる。選択肢が頬キスしかねえ!


〈え、まさかこれ、ほっぺたチューの流れ!?〉

〈キターーーーー!〉

〈サヤさんからのキスも見れるの眼福すぎる〉

〈待ってました〉

〈( ´・ω・)⊃(唇の絵文字) スッ〉


 救いを求めてチャット欄を横目で見るも、救いは特になかった。

 この状況から逃げられないことを悟ったわたしは、少しの間逡巡してから、ゆっくりと赤面している遠川詩の頬に唇を近付けて――


 ――()()()()に、気付いた。


「…………!? 〈堅牢な守護(ラプテクテ)〉!」


 防御魔法を唱える。そして視界に、押し寄せる水の嵐。


〈ええええええええ!?〉

〈おいおいおい何が起きたんだ!?〉

〈なんかすげえデジャヴ〉

〈さっき水没しろとかいうから!〉

〈また俺のせい!?〉


 雫猫ダンジョン最深部に存在する魔物――災いを運ぶ水妖精(ウォーラリリー)が、深い青色の長髪をなびかせながら、わたしと遠川詩を嘲笑うように見つめている。

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