異国の姫16
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
最後に仕掛けた場所から音がした。
これで小細工は全て突破されてしまった。
辺りは既に日が暮れて、動き回れる場所も限られてきた。
私は家の屋根伝いに、ひらけた場所へ移動する。
幸い今夜は月明かりがあるので、屋根の上や小高い場所なら足場が見える。
だが私の姿も追手からも見えてしまう。
私はだんだんと、港町の東の端に追い詰められていく。
私の背後に船着場が見える。
監禁されていた場所の近くに戻ってきたようだ。
すると南側に結界が立ち上がる。
コウだ。
女性達は皆、無事に逃げられた様だ。
私は逃げるのをやめて、その場に佇む。
私の後ろから灯りを持った追手が集まってくるのがわかる。
明かりの数から10人強はいるようだ。
当初20人の見張りと追手が居たが、3人は監禁場所に閉じ込めた。
あとはコウが移動するうちに、片付けた可能性があるな。
私は懐から術返しの魔導具の付いた簪を髪に刺した。
すると思いがけない人が目に入った。
「こんばんわ。ドレール伯爵」
「これはカグヤ様、おや、我が国の言葉を話せたのですね。これは好都合だ。
無事で良かった。探しましたぞ」
「大事な商品が逃げてしまってご心配でしたか?」
「何の事でしょうか?さあ、皆様が心配されているので一緒に戻りましょう」
「嫌だと言ったら?」
私はフェンから借りたナイフを出し、自分の首筋に当てる。
「こ、小娘一人で何ができる?
お前が逃げれば、他の娘の命はないぞ」
ドレール伯爵は異国の姫を心配する貴族の顔から、人攫いを指示した者の顔になったようだ。
伯爵の言がブラフだと分かっていても、乗ってみるか。
「それは困ります。
でも私は素直に従いたくない。
ならば、これで私の価値もなくなりますね」
徐に結っていた髪を掴み、ナイフを当てる。
ザクッ
ナイフで髪を切る。
髪を掴んでいた手をひらく。
切った髪が風にサラサラと散っていく。
「ああ!何ということだ!折角の献上品が」
「あらあら、残念ですね」
「ええい、髪ならまた伸ばせばいい!
あの娘を捕えろ‼︎」
伯爵の命令により、数人の男達が直接こちらに向かってくる。残りは迂回して私の退路を断つつもりだろうか?
私がいるここは少し高さがあるので、男達が到達までまだかかる。
まもなく30秒、そろそろか。
私は足元にナイフを突き立てる。
そしてナイフに片足を乗せ、両手を合わせて一度叩く。
パンッ
突き立てたナイフの両端から白い光の筋が円を描くような広がる。光同士が繋がり、この一帯が、伯爵や男達を含めて、円の中に入っている。
するとフッと光が消えて、円の中にいた人達は、一斉にガクッと膝をついた。
「な、なんだ⁈」
「力が入らない」
「どうなっている⁇」
良かった。術はきちんと発動した。
コウの使う付術は予め媒介に術式を仕込んでおき、魔力を注ぐことで術を起動させる。
付術師はさしずめ、魔術の設計屋といったところだろう。術式を先に構築して、媒介に予め組み込んでおく。
付術が魔術と違うのは、起動させるのが術者以外でもできるところ。これは物に術式を付与させているからだと思う。
だから起動するなら魔術が使える者か、魔法が使える私でも良い。
ただし魔法を使う者は必ず対価が必要になる。
それが魔力であり、術者の体力だ。
ちなみに魔術師も魔力を使うが、魔力切れという概念はないらしい。だから系統の者しか扱えないのだと思う。
一息吐いて、南を見る。
結界は既に消えている。
こちらも予定通りだ。
その時、風を切る音がした。
私は咄嗟に一歩下がって、頭の後に手をやり
簪を引き抜く。
目の前に現れたのはコウだ。
手に長い針を持って、私を狙ってくる。
私は彼の首筋、頸動脈を狙って銀の柄の簪を突き立てる。
お互いの武器が身体に触れる前にピタリと止まる。
私と彼は至近距離で見合った。
深緋の瞳をこんな近くで見るのは初めてだ。
綺麗な色だと思う。
「そんなもので俺をやれるとでも?」
コウは、仕事中は言葉遣いが直る癖がある。
仕事に対しては真面目な人なのだ。
「私の魔力切れを狙った?」
「まあね、こんなデカい魔法陣だ。
術者の体力まで空になるだろ?
だが直前で術式を変更したな?このナイフで」
「さすがは付術師。
術者ではなく陣の中の者を対価にした。
術を起動させるための対価を指定し直すだけなら、私の魔法でもできる」
「だとしてもアレキサンドライトに勝ち目はない。タイマンで俺には勝てないよ」
「私を殺す?」
「捕えて連れて行く」
「私の名前を知っているなんて、誰に頼まれた?」
「……依頼だったけど気が変わった。
俺は君がほしいの」
昔、彼に同じ事を言われたことを思い出した。
あの時は断った。私には目的があったから。
「冗談じゃなさそうだね」
「やっと分かってくれた?」
「……分かった」
私は簪を握る力を緩めた。
それを見たコウが、一瞬気を緩める。
その瞬間を狙って、彼の足元から氷の柱が立ち上がる。
コウが身を引こうとした時には、彼は氷の檻の中に閉じ込められていた。
「俺の婚約者に近付くな」
銀色の髪を靡かせて、ユリウス様が転移魔法で降りたつ。感情を抑えているが、かなり怒っている様だ。アイスブルーの瞳が険しい。
「まじか⁈
まだ領主館にいると思ってた」
「そちらは既に片付けた」
「ユリウス様、助けて下さりありがとうございます」
私はユリウス様に駆け寄り、手を掴んだ。
ユリウス様の緊張が一部解けるのが分かって、少しホッとする。
「あーあ、見事にしてやられた。
さっきのヒメの髪切るパフォーマンスで捕縛の術式変更への目をそらして、かつ俺を捕える罠を張っていたんだ」
「コウが私に教えたのでしょう?
手品の基本、ミスディレクション」
「何年前のことだよ。
外に結界を張って解除させたのは、このため?」
「コウのこの術は関係ない人も巻き込む可能性があった。彼と共に、味方には結界の外で待機してもらいました」
眼下では、ジーク隊が動けなくなっている伯爵と手下を捕えている。
「あーあ、ヒメのこと『弱くなった』なんて言って悪かったよ。俺の負け」
「その指摘は当たっているから気にしていない。
私に強い味方がいたからできたことだし。
自分の敗因はもう分かっているでしょう?」
「ああ、ヒメが本当に貴族を好きになるとは思わなかったよー」
「彼は特別なので」
「惚気とかありえねぇし!
あーあ、あんたの、人を寄せ付けないところを気に入っていたのに」
「私も色々な人に会って変わったから。
コウもそうでしょう?私が狙いなら問答無用で獲りにきただろうに、今回は人助けを優先した。
甘くなったね」
「甘くなったかぁ。そうかもー。
ヒメが貴族だって知ってもムカつかなかったからなぁ。
俺もヤキがまわったかなー」
「だからコウは、私では満足できないよ。
さて、このまま一緒に来てくれる?
会わせたい人がいる」
「まーいーけど。
ヒメが紹介するやつなら期待してもいい?」
「いいよ」
いつもお付き合い頂き、ありがとうございます。
『異国の姫』あと4話です。
最後まで見届けて頂けると嬉しいです。
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