本当の姿を見せる魔法8 予期せぬ出来事
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
さすがに3日も経つと、レイのことが王宮内で噂になっていた。
心配した元同僚達が彼女の元にひっきりなしに見舞いに来る。レイは都度丁寧にお礼を言い、記憶がないことを詫びていた。
貴族の笑顔で対応していて、普段通りに見えなくもない。けれども短い会話の中で、相手の気分を害さないようにしながら距離を置いている。
誰も必要とせず、また誰にも立ち入らせない。
淑女の仮面を被って相手にはわからないようにしているが、彼女の明確な意思なのだと思う。
そして1人になると人形の様になってしまう。
おそらく王宮は彼女にとって避けたい場所だったのだろう。貴族ばかりがいるから。
目覚めてすぐに「家に帰りたい」と言った彼女の気持ちを思うと胸が痛む。
✳︎
「ご機嫌よう、クローディア公爵子息」
「レイ、具合はどう?」
「はい。特に変わりはありません」
俺も時間が空けば会いに行って短い会話をするが、レイとの距離感は初日のままだった。
俺自身が、昨日の話をまだ受け止めきれていない。
そもそも記憶を失った彼女に対する気持ちが、自分の心が、まだ混乱している。
だから今の彼女にどう接するのが良いのか、わかりかねていた。
「レイ、調子はどう?」
「お兄様」
レイの顔がぱっと輝く。
彼女の兄であるオリバー上級騎士が顔を出した。
たぶんこれが今見ることができる、彼女の一番生き生きとした顔だろう。
「クローディア公爵子息、歓談中失礼します。
妹の顔を少し見に来ただけなので、直ぐに失礼します」
「いえ、オリバー上級騎士、どうぞこちらに」
オリバー上級騎士は、恐縮しながら部屋に入った。
するとレイの顔付きが一瞬変わる。
何というか危険を察知した動物の様な警戒感。
僅かな時間だったが、オリバー上級騎士を注意深く観察しているように見えた。
オリバー上級騎士が着席する頃には、レイの顔付きは元に戻っていた。
3人で少し歓談した後、レイがオリバー上級騎士に徐ろに尋ねる。
「お兄様、今日は任務で王宮の外に行かれたのですか?」
「ああ、よく分かったね。警護のため北の森に行ったんだ」
「森の警護?良くあることなのですか?
今は王太子殿下の側にいると伺いましたが」
「定期的に順番が回ってくるんだよ。良い腕試しになるしね」
「なるほど。何人くらいで行くのですか?
魔術師も一緒ですか?」
「ああ、5人の騎士と魔術師1人だよ。
レイが詳しく聞くなんて珍しいね」
「少し興味がありまして、教えて頂きありがとうございます。
ところで私は少し外に出たいのですが、お兄様もご一緒して頂けませんか?」
「えっ⁈私はしばらく休憩時間だから平気だけど、レイは外に出ても良いのかな?」
「クローディア公爵子息、少しだけ外に出て来てもよろしいでしょうか?」
ライオール殿下に確認して、俺が同行することを条件に許可が出た。
「お兄様はどちらから森に行かれたのですか?」
「王宮の北門からだよ」
「ではそちらに行ってみたいです」
そう言ってレイはどんどん進んでいく。
顔は終始笑顔だし、口調も柔らかいし、一見して以前の彼女の様に見えなくもない。
ただ、何か強引だ。
でも人形の様な彼女よりも良いと思うので、俺はなるべく好きにさせることにした。
北門を通り抜けたいとレイは言う。
門を抜けてしばらく歩けば、目の前は森の入り口だ。
少しだけ許可を得て、門を通り抜けた。
なんだ?
僅かに魔術の気配がする。
「クローディア公爵子息、そこから動かないで下さい」
突然、レイがはっきりとした口調で言った。
先程までの柔らかな話し方とは異なる、強い意思。
レイは俺の方を見ない。
だが、はっきりと意思の伝わる声色に、俺の身体も自然と止まる。
「レイ?」
俺は彼女に声をかけたが返事はない。
彼女の目線はオリバー上級騎士に向いている。
「お兄様、短剣を貸してください」
レイが声を落として早口で言う。
「レイ、何を?」
オリバー上級騎士は明らかに驚いている。
彼にとっても予期しないことなんだと思われる。
「私を信じて。森の入り口を見て」
彼女の迷いのない声、鋭い目、
深い緑の瞳に映る強い意思、
見ているものを従わせる力があるようだった。
オリバー上級騎士が短剣を抜いてレイに渡す。
レイはすぐさま逆手に持ち、オリバー上級騎士の肩口目掛けて短剣を振り下ろした。
瞬間、森の入り口に魔術の気配がする。
気付いたオリバー上級騎士が一足飛びに駆け出す。
同時に長剣を抜き、木を目掛けて切り込む。
切り込んだと同時に、魔術の気配が消える。
オリバー上級騎士が切りつけた木と、レイが刺した短剣の下には小さな蜘蛛がいた。
「使い魔のようですね」
レイは短剣を見下ろしながら言う。
その顔に動揺はない。
深い緑色の瞳は冷ややかな光を放っている。
そして、明らかに、剣の使い方に慣れていた。
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