月の精霊4
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
「さて、そろそろ頃合いかな?
『月の精霊』の君、案内ご苦労。
退席していいよ」
王太子殿下が徐ろに言う。
「殿下、恐れながら
退出する前に2つお願いしてもよろしいでしょうか?
1つは義兄オリバーと話をさせてほしい旨、
もう1つはこの長椅子を動かす許可を頂けないでしょうか?なお、お時間は取らせません」
「兄?へえ、君はセレス嬢か!
いいよ、許そう」
「ありがとう存じます」
私は義兄と使っていない長椅子を壁際に静かに寄せる。そして小声で聞いた。
「お義兄様、今日、他の護衛は?」
「外にいる」
「ここの間取りはご存知?」
「頭に入れてある。
レイ、私としてはできれば安全なところにいて欲しい」
「承知致しました。では護身用にこの部屋の隠し剣をお借りします。
お義兄様、足元には十分に気をつけて」
その後、私は一礼して部屋を退出する。
通路を左に進み、入り口専用の階段を下りる。
程なくして私と反対側の階段から、足音を顰めて近付く複数の人影が現れた。
✳︎
私は今、迎賓席のある部屋の外にいて息を潜めている。
一旦階段を下りて状況を確認し、こっそり戻って来たのだ。
先程複数人の足音がして、迎賓席の部屋の扉が閉まった。
部屋の中には王太子殿下と義兄がいるはずだ。
招かれざる客が入ったのだろう。
このフロアは静かだ。
私は階段の方に注意を払いつつ、耳を澄ませながら手早く作業をする。
部屋の中から話し声がした。
「何者だ?」
義兄の声。
「王太子殿下とお見受けする。我々と一緒に来てもらおう」
知らない男の声。
「私は観劇中なんだけど」
王太子殿下の声。
「一緒に来れば手荒なことはしない」
さらに知らない男の声。
部屋には他に何人の男がいるのだろうか?
「嫌だと言ったら?」
王太子殿下の声。
ドタ、ドタ、ドス、バキ、ドスン、
いきなりバタンと扉が開いて、3人の男達が出てくる。
廊下にいる私と目が合う。
男達の後ろには開かれた扉があり通路を塞ぐ形になっているためか、私の方に走って向かってくる。
私の後ろには出口に繋がる階段がある。
私は右足を引き、体を右斜めに向け、剣先を後ろに下げて構えている。
剣は鞘に入ったままだが、相手からは鞘に入っているのが見えないだろう。
先頭の男が抜身の剣を振りかぶる。
するといきなり体勢を崩した。
私はその男の首筋を狙って鞘のままの剣を躊躇なく振り下ろす。
次の男が一瞬怯んだ隙に、その男の腹に向かって、先程振り下ろした剣を流れるように横に薙いだ。
残りの男は部屋から出てきた義兄によって既に倒されていた。
私と義兄はお互い通路の端の階段を凝視する。
1人顔を出した男がいたが、バタバタと階段を降りて行った。
義兄が剣を納め、王太子殿下がゆっくりと廊下に出て来た。
「これ、セレス嬢の仕業?」
「倒したのは義兄です。
殿下、お足元にお気をつけ下さい」
私は全部義兄が倒したことにしてもらう。
実際私が何かしなくとも、義兄なら1人で対処できたはず。
「足元?
あ、なるほど。これはテグスか!
もしかして君の髪飾りの糸かな?
足元にあれば見えないね」
そう、
私に向かってきた男が体勢を崩したのは、廊下の幅一杯に張ったテグスに足を取られたからだろう。
髪飾りの飾り部分を取って糸だけにしてピンで固定し、男達が階段を上がってきた後に廊下に何本か張った。
もともと透明で丈夫な細い糸、しかも狭い廊下なのでテグスの長さも充分だった。
なので、男達も気付かなかっただろう。
「レーイ!安全なところにいて欲しいって言ったのに」
「お義兄様、テグスよりこちら側は安全ですよ」
「はあー、全く、父さんと母さんに何て言えばいいのか」
「お義父様とお義母様には黙っていて下さい。ご心配なさるので」
「くくくっ、オリバー、君の妹はとても面白いね。退出した振りをして、挟み撃ちにしたんだ。
しかも敵の応援を呼べない様にして、残りは外に逃して捕まえさせた。
退出前に迎賓席の抜け道から敵の応援が来ない様に長椅子で塞いで、オリバーが動きやすいようにスペースを作ったね。
随分と手慣れている」
「恐れながら殿下、私が何もしなくとも義兄なら対処できたはずです。差し出がましいことを致しました」
「いいよ、安全に越したことはない。助かった」
「勿体無いお言葉でございます」
月の精霊も残り1話です。個人的に一番書きたかった話は、初回を今日中に投稿予定です。
引き続きお付き合い頂けると幸いです。
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