月の精霊3
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
10日後、私はみたび商会で支度をしてから会場へ向かう。
商会では念入りに準備をしてもらった。
一見して私とわからない様に。
エリザベス様も最初は気付かなかったくらいだ。
王太子殿下にも気付かれないようにしたい。
商会側の担当者もかなり力が入っているようで、色々飾り付けられた。
特に髪に付けている飾り紐が豪勢だった。飾りの付いた長い紐を何本も髪に巻き付けたり流したりしている。紐が透明なので、遠目には黒髪にキラキラした飾りが散りばめられている様に見える。
こんなシャラシャラしたものを本当に購入する人がいるのだろうか?
王太子殿下一行は夕方の公演に足を運ばれる。
私は会場に早めに到着し、迎賓席を下見した。
この劇場の迎賓席は王族か国賓しか使えない特別な観覧席だ。
もちろん私は入るのが初めてで、劇場の人に色々質問してしまう。
劇場内は魔術、魔法の類は使用できないように対策されているが、さらに迎賓席は話し声が他の観覧席に聞こえないようにしてあるらしい。
武器が隠してあったり、外に繋がる隠し通路まであるそうだ。
しかも迎賓席に繋がる通路は独立しており、階段下から、特別なお客様しか通れないようになっている。
つまりこの一角だけ関係者以外入れないのだ。
「この劇場は古く、作りも旧式なんだよ」と会場の担当者が教えてくれた。
なるほど、通路が狭いのもそのせいか。2人並んで歩けるくらいの幅しかない。
しかも迎賓席のある部屋の扉が外開きなので、扉を開けてしまうと廊下は1人通れるかどうか。
これは案内する時に気をつけないと。
そのため、迎賓席に通じる通路は一方通行。専用入り口から階段を上がり、帰りは反対側の階段を降りて出口へ向かう。
まあスタッフはどちらを使っても良いけど。
私は見取り図を頭に入れて、王太子殿下一行を出迎えに行く。
王家の馬車から降り立った王太子殿下は、お忍び風の地味な格好だった。
しかしそこは王族。
いくら服装が地味でも滲み出るオーラが違う。
以前ユリウス様と市場に行った時も感じたが、高貴な見た目はどうしたって周囲の視線を集めてしまう。
「ようこそお越し下さいました、王太子殿下」
「君が噂の『月の精霊』か!これは麗しい。
妃が君に会いたがっていたのに、今日は来れずに残念だ」
王太子殿下をエスコートした時に気付いたが、今日はお付きが少ない。
妃殿下が来られないからかな?
しかも殿下に同行したのは義兄オリバーだけだった。
確か義兄を含めて常に側近が3人いるはずなのに。
私は殿下と義兄をエスコートしながら、迎賓席に通じる階段を上がる。この狭い廊下にお付きが何人もいると渋滞するから、護衛が義兄だけなのだろうか?
扉に気をつけて、殿下と義兄を迎賓席に案内する。迎賓席は最上階のバルコニーに長椅子と1人掛け用の椅子があるシンプルな作りだ。
王太子殿下は部屋の中央にある長椅子に座らず、1人掛け用の椅子に座り、バルコニーを覗き込む様に会場を見ている。
舞台に集中したいから、飲み物等も不要だと言う。
私もそれに合わせてバルコニーに立つので、会場が騒ついていた。下の観覧席から、私と王太子殿下がいるのが見えるのだ。
「この舞台は昭国の建国の言い伝えを元にしたらしいね。元の言い伝えはどんな話なの?」
王太子殿下は物腰が柔らかい。
視野が広く、人望が厚い方だと聞いている。
「はい。太陽の皇子が月の精霊と出会い、協力して国を治めるという言い伝えです。月の精霊の加護の元、太陽の皇子が昭の前身の『明』という国の王になり、周辺の国を統合して『昭』国の王になったそうです」
「へえ。だから昭国の由緒ある名前が『タイヤン』なんだね」
「左様でございます」
義兄は後ろに控えて、会場を見廻している。
少しピリピリしているように見受けられる。
護衛が自分1人だからだろうか?
私もチラッとバルコニーから階下を見た。
そういえば、いつもは圧倒的に女性が多いのに、今日は少し男性が多いかも。夕方の公演だからかな?
男性1人で観覧する人もいるんだな。
そう思っていたら照明が暗転する。
舞台が始まるのだ。
「殿下、そろそろお下がり下さい」
義兄が近付き、王太子殿下を椅子ごと後ろに下げる。
殿下は長椅子には座らないようだ。
舞台が始まり、王太子殿下は黙って眺めている。
私は殿下より少し離れたところに立って控えているが、どうも落ち着かない。
なぜかずっと視線を感じる。
義両親の時やクローディア家をエスコートした時は、舞台が始まれば視線を感じなくなった。
しかし今日はそれがない。
私は義兄を見遣る。
やはりピリピリしている。
警戒?
私から見ると義兄には天賦の才がある。
シャオタイ護衛長ほど体格に恵まれているわけではないが、それ以上に剣技の才がある。
優れた武人は僅かな気配も察することができ、それが自分にとって良いか悪いかを見極めることができるそうだ。
だから義兄の勘は良く当たる。
当たりすぎて、逆に貴族社会では辛い思いをしただろう。
その義兄がピリピリしているということは、私が感じる視線にも意味があるかもしれない。
私は意を決して義兄に話しかける。
「お義兄様、今日は他の側近の方はどうされたのですか?」
「その声、やはりレイか。気配が似ているとは思っていたが」
「何か気になることでも?ピリピリしているようですが?」
「ああ、嫌な感じだ」
舞台上では『月の精霊』が登場して、観客が沸いていた。
月の精霊のお話を投稿してから、個人的に一番書きたかった話に入る予定です。
引き続きお付き合い頂けると幸いです。
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