月の精霊1
お立ち寄り頂きありがとうございます。
こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
先日クローディア夫妻が観に行った舞台は、王都で連日大人気のようだ。
昭国をモチーフにした舞台なのだが、これにクローディア家も一枚噛んでいる。
私は昭国から衣装の製作の権利を認めてもらい王都の商会と衣装を作ったが、その後その衣装を使用した舞台が企画された。
王都の商人は流行りを作るのが上手い。
貴族階級にはサロンや茶会から流行りを作り、平民にはエンターテイメントで流行りを作る。
昭国建国の言い伝えを元に脚本を書き、舞台に整え上演したところ、これが当たった。
舞台衣装の監修等でクローディア公爵夫人と私が関わっており、かつクローディア公爵閣下が文化の交流を後押ししているので、結果クローディア家として、この舞台に関わっているというわけだ。
その舞台を、私の養父母であるセレス伯爵夫妻が見たいと言う。
しかし人気過ぎて連日満席。
全く席が取れない。
私は養父母の希望はなるべく叶えたい。
血は繋がっていないが実の娘の様に大事にしてくれた父と母には感謝しかない。
婚約破棄された時に心配をかけた分、彼らに何か返したいと思っていた。
そのため商会の伝手でなんとかできないか、私は知り合いの商人に相談してみた。
その人は若いながらも、商会の重要ポストに就いているからだ。
「お嬢様には大変お世話になっておりますので、今回だけはなんとかしましょう」
「ありがとうございます。とても助かります」
「但し、一つ条件がございます」
私は条件を聞いて悩んだ。
「これは……私だとわかると、クローディア家とセレス家にとって良くないのでは?」
「一時だけのことですし、人も多いからわかりませんよ。こちらのスタッフがバックアップしますし、問題ないかと。
それにゆくゆくは公爵様のためになりますよ」
私の目の前に座る男性はニコライさん。
王都のやり手の商人で、かれこれ5年の付き合いになる。私に商売のイロハを教えてくれた師匠でもある。
昭国の衣装を製作する時に真っ先に相談したのも彼だ。
その彼がニコニコしている時は必ず企んでいる。
しかし私は養父母の喜ぶ顔が見たい。
「では、交渉成立ですね」
彼は私の気持ちを見透かして、そう言った。
✳︎
「セレス夫妻と舞台を見に行ってきます」と言ってクローディア家に許可を取り、観劇の当日、私は朝から外出した。
商会へ直行し、身支度をして劇場へ。
会場入口でスタッフと一緒にセレス夫妻を待つ。
昼の部の公演で、女性客が多い。
来場した人から見られている様な気がするが、私はなるべく気にしない様に努める。
チラチラ寄越される視線に耐え、話しかけられると笑顔でかわす。
私が直接対応しなくて良いように、商会が手配したスタッフが色々フォローしてくれた。
セレス家の馬車が到着し、両親が降りてきた。私はスッと近付き、挨拶した。
「お父様、お母様、ようこそおいで下さいました」
「貴方、レイ⁈」
「これは……見違えたな」
「このような格好で申し訳ありません。今日は会場のスタッフとして同行させて頂きます」
そう、
私は紳士物の黒のジャケットに白いシャツ、黒のパンツ姿で一見すると男性に見える。髪をきっちり束ねて後ろに流し、飾り紐を沢山付けている。
飾り紐は色の付いた紐の物や、透明な糸に細かなビーズを散りばめた物など複数ある。髪は纏めてあるのに、飾りがシャラシャラして正直邪魔なのだが我慢する。
商会で飾り付けられ、一見して私だとわからないように化粧までされた。
養父母に観覧席を用意する見返りに、ニコライさんから私に出された条件は「商会の用意した格好で両親をエスコートすること」。
私は両親を特別席にエスコートする。
商会が用意したのは会場の中で一番良い席だった。
最初は戸惑っていた両親だが、舞台が始まってしまえばもう夢中だった。
私は両親の喜ぶ顔が見れたので満足した。
なぜかチラチラと寄越される視線に耐えた甲斐があった。
✳︎
それから数日後、クローディア公爵夫人に呼ばれる。
クローディア公爵夫人は貴婦人の鏡みたいな方だ。輝く金色の髪、色味の濃い金色の瞳の美貌の持ち主で、そこにいるだけで絵になる立ち姿。
優雅な振る舞いで、高位貴族に相応しい気品に満ちている。
私とは正反対なので、お姿を拝見するだけで勉強になる。
「アレキサンドライトさん、先日セレス夫妻と見に行った舞台はいかがでしたか?」
「素晴らしい舞台で感動致しました。
特にクローディア公爵夫人が考案された白の衣装が舞台上で映えて、とても印象に残っております」
「貴方のおかげで私も貴重な機会を得られて嬉しいわ。
ところで社交界では、セレス夫妻と一緒に特別席に居た『月の精霊』が誰なのか噂になっているの。
貴方はご存知かしら?」
「『月の精霊』ですか?
私は存じ上げませんが」
「舞台に出てくる『月の精霊』にそっくりな麗人だと。男性の姿をしているそうなのだけど、女性にも見える魅力的な方みたい」
「……それは初めて伺いました」
「私も会いたいわ。お願いできるかしら?」
「……私には分かりかねます」
「ユリウスには黙っておきましょうね」
「……」
クローディア公爵夫人は新しいもの、面白いものがお好きらしい。だからクローディア公爵閣下は夫人を連れて、色々なところへ出掛けられる。
それが外交に繋がっているとか。
筆頭公爵家の夫人ともなれば女性の貴族のトップ、流行や話題の最先端をゆく方になる。目が肥えているし、自分が流行を作る立場にすらなる。
だから公爵夫人の目にとまるものは本物になりうるのだ。
幸い、ユリウス様とクローディア公爵閣下は先日から王宮に泊まり込んでいる。
今ならバレずに済むかもしれない。
数日後、私はまたもや商会で支度をしてから会場へ向かうことになった。
月の精霊のお話を投稿してから、個人的に一番書きたかった話に入る予定です。
引き続きお付き合い頂けると幸いです。
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