サラ様
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
私がクローディア公爵邸に移ってから早一週間、緊張続きの毎日だ。
なぜ緊張するかというと、こちらの主人一家がすごい人達なのだ。
貫禄ある公爵夫妻と、夫人似の美形揃い子供達が、私には眩しすぎる。
ユリウス様には慣れてきたが、一家揃うと圧倒的なキラキラ感が半端ない。
そして屋敷のスケールが大きい。
さらに使用人の数が多い。
私は人の顔を覚えるのは苦ではないが、使用人全員と話せる日は来るのだろうか?
ああ、公爵家別宅で過ごした日々が懐かしい。
あちらは使用人が3人だったので、料理を手伝わせてもらったり、一緒にお掃除したり、一緒に庭いじりさせてもらったり、仲良くさせてもらって楽しかったな。
しかし、それを公爵邸でやるわけにはいかない。
郷に入れば郷に従え。
とりあえず私は、クローディア公爵夫人を見習って過ごすことにする。
そのクローディア公爵夫人は外出されている。クローディア公爵閣下と観劇に行かれた。
お2人は仲が良い。
公爵閣下は公務がお忙しいと思うのだが、時間を作っては夫人と色々なところに出掛けられている。
✳︎
夕方私が書類を確認していたら、小さな足音がして足元に柔らかいものが当たる。
見ると、小さな可愛らしい女の子がくっついていた。
「サラ様、お待ち下さい」
侍女達が急いでこちらに向かってくる。
「アレキサンドライト様、お仕事中に申し訳ありません。サラ様、参りましょう」
女の子はいやいやと首を振って、さらにしがみつく。
「私は構いません。ちょうど終わりましたから」
私は足元の女の子を抱き上げる。
蜜色のふわふわした髪、蜜色の大きな瞳、ふくふくした白い頬、
クローディア家の次女サラ様だ。御歳4歳。
「いっしょにあそぼ」
「はい」
ああー、天使。こんな愛らしい瞳に見つめられたらNOとは言えない。
私はサラ様の侍女達と共に、サラ様のお部屋に向かう。
侍女に確認すると、本日のサラ様の予定は終わったそうだ。
つまりこれから夕食までは自由時間らしい。
サラ様は移動中も私にぎゅっと抱きついて下さるので、抱き上げていてもあまり重さを感じない。
「サラ様、何をして遊びましょうか?」
「かくれんぼ」
サラ様は人見知りするらしく、普段から屋敷の中で過ごしている。
だから屋敷の事を知り尽くしている。
かくれんぼは好きな遊びらしい。
私はサラ様の侍女頭をチラリと見る。
彼女は笑顔で悩んだ末、軽く頷いた。
「わかりました。今日はどちらが隠れますか?」
「わたし」
「承知しました。私が見つける方ですね。
サラ様、これからは夕食の準備の時間になるので、食堂と厨房以外で隠れて頂けますか?」
「うん」
サラ様を下ろすと、軽い足取りで部屋を出て行った。
足音が遠ざかって行くのを確認して、私は侍女頭に今日のサラ様の様子を聞いた。
なんでそんなことをするかというと、サラ様は隠れる天才だからだ。
そのため私はいつも侍女から今日のサラ様の様子を聞いて、隠れそうな場所を絞ってから動くことにしている。
サラ様はまだ体が小さいので、どこにでも入れる。
しかもクローディア公爵邸はとにかく広い。入ってはいけない部屋を除いても、全室確認したら半日くらいはかかってしまうだろう。
それがサラ様のホームグラウンドなので、見つける方は本当に大変なのだ。
今までサラ様がかくれんぼをする時は、屋敷の侍女総出で探したとのことだった。
しかし私が公爵邸に来てから、専ら探す役目が私になった。サラ様のご指名だ。
しかも今日は夕食までの限られた時間で探し出さないとならない。
無為無策で挑んでも時間を消費するだけ。
サラ様が部屋を出てから5分経った。
これがサラ様のかくれんぼのルール。
私も部屋を出て捜索を開始する。
サラ様は一度隠れたら見つかるまで場所を変えない。
だから今の彼女の足で5分圏内、行けるのはこちらの母屋の棟までだろう。そして厨房と食堂を除く。
サラ様が今日の予定で立ち寄った部屋又はその周辺に絞り込む。さらに今までのかくれんぼで見つけた場所を除外する。
こう考えても、見つかるとは限らない。
子供は気まぐれだ。
目に付くところに隠れた可能性もある。
私は候補の場所を見てまわりながら思った。
サラ様は可愛い。
そして……たぶん寂しがりやだ。
歳の離れた末の子で、こんなにも愛らしいと家の中でアイドル的な存在になっても良いと思うのだが。
例えば、セレス家では末子のクリスは皆から可愛がられている。もちろん私も弟として可愛いと思っている。
だがクローディア家は少し様子が違う。
家令曰く「クローディア家の者は愛情深いのか、特定の人に執着する傾向らしい」
だからなのか、気持ちを向ける相手がはっきりしている。
例えばエリザベス様がクリスにくっついているように、それぞれ意中の相手を常に見ている。
もちろん家族としての愛情はあるし、サラ様は大切にされている。
だがクローディア公爵閣下にとって夫人は、それ以上の存在だ。
それを間近で見ていると、自分に愛情が向いていないと勘違いしてしまうのかもしれない。
しかも公務が忙しく、普段から会う時間が限られているから、放って置かれているのかと思うのかもしれない。
以前ユリウス様が「父親が放任だった」と言っていたことを思い出す。
しかもサラ様の場合、兄のユリウス様、姉のエリザベス様とも歳が離れている上、お2人とも忙しい。
だから寂しい。
「サラ様、見つけました」
だから見つけてもらえるのが嬉しい。
サラ様はかくれんぼをして見つかっても悔しそうな顔ではなく、本当に嬉しそうな顔をするのだ。
サラ様が満面の笑みで、私に抱きついてくる。
「もう一回したい」
ああー天使。こんな愛らしい声でいわれたらNOとは言えない。しかし夕食の時間が……。
「何が『もう一回』?」
声がした方を振り向くとユリウス様が立っていた。
「ユリウス様、お帰りなさいませ。お迎えもせず申し訳ありません」
「いい、家令からサラの相手をしていると聞いている」
「サラ様、かくれんぼの続きは明日にしませんか?夕食を一緒に食べましょう」
「うん」
サラ様の腕が強まる。
サラ様は侍女の方に戻るつもりはないらしい。
私達が食堂の方に進むと、エリザベス様が帰宅された。
「お姉様、聞いて下さい!
今日クリスと初めてデートしたのです!!」
そして夕食はサラ様の世話をしながら、エリザベス様の話を聞いていた。
なぜかユリウス様は終始無言で、微妙な顔をしている。
そこへ観劇帰りのクローディア夫妻が到着し、さらに賑やかに。
観劇は昭国をモチーフにしたもので公爵閣下は文化の違いの話を、夫人は新作の衣装の話をする。
キラキラした方々に囲まれて、私はもはや食事の味が分からない。
「最近のお夕食は賑やかでよろしゅうございます」と家令がにこやかに言う。
クローディア公爵家の夕食に家族が揃うことは少ないと聞いていたけど、私が来てからずっとこんな感じなんですけど。
きっと新参者の私に気を遣って頂いているのだろうなぁ。
夕食後、離れたがらないサラ様と話し足りないエリザベス様が侍女達に連行され、夫妻も満足気に退席された。
私はユリウス様に手を引かれて食堂を出る。
ユリウス様がため息を吐いて言う。
「サラとエリザベスがいつもすまない。しかも父上と母上まで……」
「私に気を遣って下さっているのだと思います」
「多分違うと思うけど……」
「?」
「これではレイを独り占めできない。
もう別宅に戻りたい」
「私も別宅で過ごすのは楽しかったのですが、もう少しこちらで頑張りたいのです」
「そうか」
「ええ、この賑やかさが続けば、サラ様が変わるかもしれませんし」
「サラが?」
「はい、寂しくなくなれば世界が広がると思います。
それに彼女は隠れる天才ですから、私も見習わないと」
「それは困る」
「なら居場所がわかる術をかけてもいいですよ」
「ではお言葉に甘えて」
ユリウス様が手の甲に口付ける。
なるほど、そうやって術をかけるのか。
彼のベクトルが私に向いていることは、ちゃんとわかっている。
次に繋がる話をいくつか投稿してから、個人的に一番書きたかった話を投稿する予定です。
引き続きお付き合い頂けると幸いです。
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