生きた証
お立ち寄り頂きありがとうございます。
こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
官吏の任期が終わる頃、私は王立研究所の表彰式に出席した。
優れた研究や論文を表彰する2年に一度の式典である。
私はニール教授と共に登壇し、表彰を受ける。
論文の内容である「植物の遺伝子操作」は、亡き両親が取り組んでいたテーマだ。
セレス領は昔から酪農で生計を立てていたが、食物は天候次第で不作になる年もある。
だから両親は天候の影響を受けにくい食物になるよう、品質改良に取り組んでいた。
地道に品種を掛け合わせる人工交配は成果が出るまでに何十年も、場合によってはもっとかかる。
セレス領の主な農産物である小麦と大麦においてようやく成果が出た矢先に、両親は不慮の事で亡くなってしまった。
両親亡き後、私は領地に行き時間ができると、領主館で交配作業を続けた。
あの時の私は、単に両親の背中を追っていただけかもしれない。
もともと両親のサポートをしてくれていた家人達なので、私が不在の間は使用人達が作業を引き継いでくれていた。
おかげで私なりの研究を続けることができた。
植物を交配させる中である種の規則性を見出し、セレス領の作物に転用してゆく。
綿花に転用できたのは大きかった。
染色用の植物と合わせれば紡績業を興せる。
王立学園に入学する前に、事業として実現の目処が立ったのは幸いだった。
学園ではそれを遺伝子の変化として追い、操作することで新たな価値を見出すという観点から論文という形に収めただけだ。それがニール教授という遺伝子学の権威の目に止まったのは全くの偶然だった。
亡き両親はフィールドワークが好きだった。生前はよく一緒に、セレス領北部の森に行った。
深い森にしか生息しない薬草を見ながら「ゆくゆくは薬草が栽培できるようにして領民の助けにしたい」と言っていた。
薬草は私にとっては難しい題材だが、ニール教授という一流の研究者と王立研究所という最先端の設備が揃えば、それも夢ではない。
人工交配のように長い期間をかけずとも、結果を出す事ができる環境と技術があるのだ。
だから実証実験の対象に薬草を提案した。
薬草なら成分を比較する上でも、詳細な分析ができる。
そう、
両親が健在なら、ここまでのことはいずれ成されたであろう道筋。
彼らの功績を私なりに形に遺せた。
私は登壇して拍手を受ける。
目の前にたくさんの人々とパチパチと手を叩く音。
この光景を前にして思い出したのは、
冬の森に一人で佇む自分だった。
目の前の人々は消えて、深い森の木々に、
拍手の音は消えて、しんしんと雪が降っている。
あの時は一人だった。
なぜ今も、この世界に一人しかいないような気分なのか?
たぶん、理由は分かっている。
今まで私と共に在ったものと別れるからだ。
自分が今まで手掛けていたものは、全部手放せる。
セレス家のことも、
セレス領のことも、
関わった孤児院のことも、
そのために官吏になったことも、
両親の生きた証を遺すことも。
私の中に燻る、闇い気持ちはまだ処理できないけれど。
それでも、初めて身軽になれるような気がした。
ここまで17年、長かった。
生き続けるのが。
それでも、彼に出会えたのは
自分にとって救いだった。
「レイ」
自分にとっては、両親が唯一自分のために遺してくれた特別な呼び名。
その呼び名を彼に許したのは、偶然だったはず。
でも今は、それで良かったのだと思う。
目の前に見慣れた手が差し出される。
私よりも一回り大きな、温かな手が。
アイスブルーの瞳に宿る、温かな眼差しが。
私は、彼の手を取る。
そのための努力を、し続けるために。
自分が生き続けるために。
その後、ユリウス様と私の婚約披露が行われた。
私は下級官吏を辞し、ユリウス様と共にクローディア公爵邸に移った。
次に繋がる話をいくつか投稿してから、個人的に一番書きたかった話を投稿する予定です。
引き続きお付き合い頂けると幸いです。
評価頂いた方々、ブックマーク頂いた方々、リアクション頂いた方々、毎回励みになります。
ありがとうございます^_^