手紙
お立ち寄り頂きありがとうございます。
こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
私は昭国からの手紙を読んでいた。
ユエ執務官改め、ユエ次期宰相から私宛に届いた手紙だ。昭国での近況報告と、私に対する融資の提案が書いてあった。
彼は私に投資すると言っていたが、本気らしい。
昭国の文化の周知が進んでいるせいか、昭国との貿易額がだんだんと大きくなっている。
確かに私は昭国の薬草や医療の技術に興味がある。
特に薬草はニール教授の技術で我が国でも取り扱える可能性がある。
両国を跨ぐプロジェクトにしたら面白そうだが……。
いけない、いけない。
まもなく官吏を辞すのに、こんなことばかり考えていては。
しばらくすれば、この件でクローディア公爵閣下のところに呼ばれるだろう。その時までに考えをまとめておけばいい。
「レイ、仕事中か?」
ユリウス様が部屋にやって来た。
髪が濡れているので、湯に入ってきたのかもしれない。
「いいえ、ユリウス様もご覧になりますか?」
ユリウス様が手紙を一読して、ため息を吐く。
「俺の婚約者はずいぶんと好かれている様だ」
「ユエ次期宰相様の、きっとお詫びの気持ちなのだと思いますよ」
「どちらにしろ、父上にとっては美味しい話だろう」
昭国から私個人に対しての投資であっても、表向きはクローディア公爵閣下が主導するものとして進められる。婚家の事業の一つとして組み込まれるし、私にとっても都合が良い。
「クローディア公爵閣下が生き生きなさっているのは、部下として喜ばしいことです」
我が国の外交責任者である宰相閣下の手腕で、昭国との交流がますます盛んになっている。
数ヶ月後には公爵閣下自ら昭国を訪れる予定だそうだ。
「父上もこのような結果になるとは思わなかっただろう。レイの功績がそのまま父上のものになるのはどうかと思うぞ」
「いえ、私は閣下の裁量の中で動いているだけですので」
このやり取りに、私は少しホッとする。
以前に比べると、ユリウス様の不安は少し晴れたらしい。
昭国の話題を出しても大丈夫なくらいに。
良かった。今なら言えるかも。
「ところでユリウス様、まもなく官吏を辞しますので、魔導具をお返ししても良いですか?」
私は左耳についている銀色の飾りを触る。
これはユリウス様にとって大事なものだから、本当はもっと早めに返したかった。
「俺としては心配だから付けておいてほしい」
「ですがまもなく公爵邸に移るのですし、心配いらないと思います」
「却下、やはり心配だから付けておいてほしい」
「何を心配されているのですか?」
「……」
ユリウス様は少し沈黙した。
最近の私は業務の引き継ぎくらいで、心配をかけるようなことはしていないはず。
今までやってきたことを考えれば、かなり大人しくなった方だ。
もともと彼に心配をかけたいわけではないのだ。
ユリウス様は微妙な顔をしていたが、一息吐いてからゆっくりと口を開いた。
「……レイ、最近、他の官吏に呼び出されているだろう?」
私は内心ギクっとする。
なぜそれを知っているのか?
「……何のお話でしょう?」
私は瞬時に淑女の仮面を被る。
「レイが官吏を辞す前に、気持ちを伝える輩がいるとか?」
ユリウス様も貴族の笑顔で答える。
やばい、これは彼の機嫌が急降下している。
「……お別れの挨拶を頂いているだけですよ。心配なさることはありません」
場の空気が急激に下がっている。まずい。
「別れの挨拶にしては随分と熱烈らしい。
しかも下級官吏以外もいるそうではないか?
今まで何人に呼び出された?」
「……」
場の空気が氷点下に達し、私は身体が凍りつきそうだった。
なんと答えるのが正解なのか……?
「レイを一ノ宮で見つけて以来、王宮の事情を常に把握するようにしている」
よりにもよって、クローディア公爵閣下の狙いが正に達成されていたことを知る。
公爵閣下が私に官吏の件を秘すよう指示した目的の一つは、ユリウス様の王宮での情報収集能力を試す事だった。
いずれ宰相の任に就くなら、王宮の内情を把握しておかなければ話にならない。
私は自分の迂闊さを悔やんだ。
しかし時は既に遅い。
もうこれは正直に答えて分かってもらうしかない。
「……『私には好きな人がいます』と言えば、相手は分かってくれます」
私はユリウス様から目を逸らして答える。
さすがに恥ずかしい。
「好きな人って誰のこと?」
予想外の返答に思わずユリウス様の顔を見る。
案の定、意地悪そうな表情をしていた。
不機嫌なままよりはずっと良いけど。
「それ、本人の前で言わせます?」
私は抗議の目線を送る。
「聞きたい」
「……」
私の抗議は全く通じなかった。
「……ユリウスさま、んっ」
突然唇を奪われて、名前をきちんと言えたかどうかはわからない。
こうなると目の前の人のことしか考えられなくなる。ただでさえ彼は魅力的なのに、どんどん沼にはまっていくようだ。
それに怯える自分と、嬉々としている自分いる。
結果、魔導具をお返しする件は有耶無耶にされてしまった。
次に繋がる話をいくつか投稿してから、個人的に一番書きたかった話を投稿する予定です。
引き続きお付き合い頂けると幸いです。
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