特使25 本来の姿
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
「驚いた、まさか数日過ごしただけの其方に見破られようとは」
目の前の御方は幼い印象の話し方ではなく、我が国の言葉を流暢に操る。
言葉に重みがあって、低い声が身体の奥に響く様だ。
私が『本来の殿下の姿』と称したのは、この方の本来の姿ではなかった。
公務に就かれていた別人のような殿下も然り。
今、目の前にいるのが『本来のヤン殿下』だ。
我が国の国王陛下の半分以下の年齢でありながら、既に王としての貫禄がある。
選ばれた一人握りの者が有する、聡明さと威厳。
確かにこれでは周囲を圧倒し過ぎて、畏怖の対象になってしまいかねない。
だから気配すらも変えて偽っていたのか。
それにはどれほど強い精神が求められたことだろうか?
味方すらも欺き、ひたすら孤独に耐える日々を思うと気が遠くなりそうだった。
聡明な王子が、後ろ盾である母君を失い、王族として生き残ること自体が難しい状況の中で、臣下を守ろうとして考えた末の行動だと思うと、胸が締め付けられた。
同時に、それだけ昭国の王位争いが激しいことを思い知る。
昭国は東の国の中で1番の大国、王位に就く者は能力があるというだけでは足りない。
その過酷さに身震いすらする。
「其方も、我と同じだろう?
本来の姿を隠すために今の姿になった。
違うか?」
以前の、幼く、キラキラした目はもうない。
切れ長の黒曜石の様な瞳に見つめられる。
全てを見抜かれる様な視線に屈してしまいそうになる。
優雅にうっすらと微笑むのは、まさに為政者のそれだ。
「……何の事でしょうか?」
半端ない圧の中で、私は何とか平静を保つ。
貴族の笑顔も崩さない。
私もここで引くわけにはいかないのだ。
「ふむ、自覚があるのに認めたくないのか?
矛盾を抱えたまま美しくあるとは興味深い。
ますます国に連れて帰りたくなった。
側に置いて愛でたいものだ」
ヤン殿下が私に向かって手を伸ばす。
その優雅な仕草に、私は動けない。
スローモーションを見ているかの様だ。
彼は私の髪を一掬いして口付ける。
そして私の方を見た。
私は目を逸せない。
黒曜石の瞳に私が映る。
今までで、一番距離が近く感じる。
「お戯れを。
それに私には好きな人がおりますから、この国を離れるつもりはありません」
私はなんとか一歩下がり、ヤン殿下の手を逃れる。掬われていた髪もするりと逃れた。
このままだと気圧されてしまいそうだった。
「そやつの身分より世の方が上だ。其方の願う事は全て叶えようぞ」
たぶん今の殿下ならば、自身が望んだことを全て叶えられるだろう。
たとえ王位だとしても。
それができる能力の高さをもう隠す必要がない。
「私の願いは彼にしか叶えられないのです」
私は真っ直ぐに殿下の目を見て言う。
それを受けて、殿下の瞳が開かれる。
黒曜石の瞳に私が映っている。
「ほう。だが世が其方を本気で手に入れようとすればどうする?この国は喜んで其方を差し出すだろうよ」
殿下は分かっている。
東の大国である昭国が本気で望めば、小娘の意思よりも、国としての利益を優先されるだろうことを。
それを分かった上で、挑むような言い方をする。
私を試すような瞳、この状況を面白がる様な剛胆さ。
ならば、私も同じ強さで応じよう。
微笑みを持って。
「その時は私も本気で逃げることに致します」
ここまでお付き合い頂いた皆様、いつもありがとうございます。特使編もあと5話になります。
彼らのこれからを見守って頂けると嬉しいです。
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