エピローグ
お立ち寄り頂きありがとうございます。
こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
私は数年ぶりにその御方に会う。
僅かな衣擦れがして颯爽と現れた貴人は、今や東の大国から世界有数の大国に成長した昭国の当代の王。そして歴代の賢王と名高い御方。
「久しいな、アレキサンドライト」
威圧感のあるお声と圧倒的な存在感は、記憶にあるそれと変わらなかった。
「お目にかかれて光栄です、タイヤン国王陛下」
私は礼をとる。
「堅苦しいのはよせ。人払いをしてある」
「お気遣い頂き、ありがとうございます」
面を上げて、向かい合う。
手を引かれて、庭園におりる。
「其方は変わらぬな。
初めて会ったのは17だったか?」
「はい、
国王陛下は当時22歳でいらっしゃいました。
陛下も世辞を言うようになられたのですね。
時の流れは早いものです」
「確かにな。
其方を我が国に招くのに、こんなに時間がかかるとは思わなんだ」
「お心遣いを頂きありがとうございます。
素晴らしい国ですね。
訪れることができて、とても良かったと思います」
私は心の底からそう思った。
特使付き官吏の任を受けた時から今に至るまで、昭国とは様々な縁があった。
実際に自分の目で見るこの国は、私の想像とは全く別物だった。
「両国の発展は其方の影響が大きい。
言うたであろう?
其方には人と人を繋ぐ力がある」
ヤン国王陛下は悪戯そうな顔をしている。
「買いかぶりでございます。
国王陛下の本来のお力なら造作もないことでしょう?」
私もそれを受けて、済ました顔で応える。
「良く言うものよ。
後にも先にも、我に対して『本気で逃げる』などと述べたのは其方くらいよ」
ヤン国王陛下はあの時を思い出して、楽しそうに笑う。
「お互いに若かったですね」
私もつられて笑った。
ヤン国王陛下を見上げる。
黒曜石のような瞳を見る。
陛下もこちらを見ていた。
しばらく見つめ合う。
もう言葉はいらないかと思った。
私と彼にはそれで通じ合うものがあった。
でも、敢えて言葉にすることも必要だと思った。
「陛下、今お幸せですか?」
「ああ」
ヤン国王陛下は穏やかな顔で答えた。
それで十分だった。
「それは良かったです」
「其方は……聞くまでもないな」
「ふふ……約束を果たして下さりありがとうございます。
またお会いできて嬉しゅうございました」
「其方にそっくりな娘を嫁に寄越せと言ったら、あやつはものすごく嫌そうな顔をしたぞ。
子が何人もいるだろうに、狭量なことだ」
ヤン国王陛下はわざと意地悪く振る舞う。
「ふふ……あまり彼を困らせないで下さいませ。
王子殿下は御歳5つ、当方はまだ3つでございますから」
私は可笑しくて思わず笑ってしまう。
「其方の国では早くに婚約者を決めると聞いておったが?」
「フェン公女の入れ知恵ですか?」
「さあな」
ひとしきり2人で笑い合う。
このような穏やかな気持ちで、向かい合えるなんて想像していなかった。
たぶん、もう大丈夫。
お互い、もう大丈夫なのだ。
自分の居場所を得て、そこで自分らしくいられる。
そして自由に生きてゆける。
「……ヤン国王陛下、
離れていても、どこにいても、陛下のお幸せをお祈りしております」
私はヤン国王陛下に真正面から向き合う。
もしかすると、もうお会いできるのはこれが最後になるかもしれないと思った。
彼は今や、一挙手一投足が世界に注目される立場なのだ。こうやって話をするのに、どれほどの配慮がなされているのか知れない。
「仕方がない、今はそれで満足してやろう」
「ありがとうございます」
「だが今生の別れは言わぬ。
次に会うときは親戚になるのだからな」
ヤン国王陛下は私の気持ちを見透かしたように、悪戯そうな顔で答えた。
✳︎
国王陛下との謁見が終わり、案内された先に見慣れた方がいた。
「ユリウス、ユエ宰相閣下とのお話は終わったのですか?」
彼は腕組みをして、壁にもたれかかっている。
「ああ」
かなり不機嫌そうな顔だった。
「そのお顔だと、色々ご無理を言われたのですか?」
「かなりな」
「まぁ、手厳しい」
「ヤン国王とレイが2人だけで話すと聞けば気になって集中できない。
それを分かってユエ宰相は仕掛けてくるのだからたちの悪いことだ」
「ご心配には及びません。
ヤン国王陛下は既にたくさんの妃をお持ちですから」
「それとこれとは別だ。
そして王子殿下とうちの婚姻の話も別」
現在、昭国の第五王子殿下と私達の末の娘の縁談の話が持ち上がっている。
「ユリウスは我が国の宰相なのですから、国王陛下相手に私情を挟むのは難しいのでは?」
「なんとかするさ」
ユリウスが手を差し伸べる。
「ふふ……頼もしいことです」
私は迷わずその手をとる。
私達は連れ立って歩く。
しばらく無言だった。
まさか異国の地で、ユリウスと手を繋いで歩けるとは思わなかった。
我が国の国王陛下が代替わりし、
それに伴いユリウスが宰相の任に就いてから数年後ー。
まさか私も一緒に昭国に来ることになるとは思わなかった。ユリウスは反対すると思っていたのに……。
私がユリウスの顔を見上げると、彼もこちらを見ていた。
何か言いたそうな顔だ。
アイスブルーの瞳は今日も綺麗だと思う。
「レイは良かったのか?その……」
「?」
「ヤン国王はレイにとって……」
言葉を濁した彼に代わり、私が続ける。
「ヤン国王陛下は私にとって、幸せを願う方です」
それを聞いたユリウスは納得した様だった。
「……そうか」
特使の件以降、ユリウスはヤン国王陛下のことをずっと気にしていた。
口には出さないけれど、思うところがあるのだろう。
だから私も敢えて言葉にする。
「そしてユリウスは私にとって、私が幸せにしたい方です」
予想外の返答だったからなのか、ユリウスは驚いた顔をする。
そして少し考えて、悪戯そうな顔で返した。
「ふっ……それはどう言う意味?」
「分かっていて、敢えて聞いているのですか?」
私は抗議の目線を送る。
寂しそうな顔をさせるよりかは、よっぽど良いけど。
「レイから、直接聞きたい」
ユリウスが耳元で囁く。
瞬間、顔が熱くなる。
私がそういうのに弱いのを知っていて、
わざとやっているな。
もう!
ならば、わかりやすくストレートに届くように、気持ちを込めて口にしよう。
「私がユリウスを幸せにします。
ずっと一緒にいてくれますか?
愛しい方」
こんな直球が返ってくるとは思わなかったのか、彼は目を丸くした後に照れて笑った。
「喜んで」
彼にはずっと笑っていてほしいと思う。
そんな彼を見て、私も幸せな気持ちになるから。
両親を失ってできた空虚は、今や彼によって埋められ、満たされてしまい、
彼の存在によって、私はこれからも生きたいと思っている。
彼は知らないだろう。
彼の側で見る世界は美しく、
綺麗なものであふれている。
私もそこで輝き続けて、
自分が幸せになるように努力し続けるのだ。
ここまでお付き合い頂きまして本当にありがとうございます。拙い文章ですが、最後まで見届けて下さりとても嬉しいです。
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誤字報告も助かりました(都度活動報告でお礼申し上げております)。
機会がありましたら、別のお話でまたお会いできると幸いです^_^
楽しいなろうライフをお過ごしになりますように!




