後宮37
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
「久しぶりだな、セレス嬢」
「お目にかかれて光栄です、王太子殿下」
私は王弟妃宮に戻る前に、王太子殿下との謁見に臨む。
挨拶の後、王太子殿下は側近達を下がらせた。
「私が今日呼んだ理由はわかるかい?」
「……ビヴィ公爵家のことでしょうか?」
「君に干渉していたのは当主の叔父でね。
もともと昭国との貿易を独占したかったんだ。
だから特使の一件の時に、君を仕向けた。
どうも昭国の人にとって、黒髪で緑の瞳の人は魅力的みたいでね。彼の国ではこの組み合わせは生まれないらしい」
私は船乗り達が容姿を見て驚いたことを思い出す。
ヤン殿下もめずらしいと仰っていた。
「クローディア宰相が昭国に行った際に、君を寄越せと暗に言われたみたいでね。それを耳にしたビヴィ公爵家の者が君を昭国に献上しようと画策したらしい。昭国とのパイプを取り戻すためにね」
だからクローディア公爵閣下は成婚を急がせたのか。
「着眼点は悪くないよね。
実際にヤン殿下は君を気に入っている。
もちろん君の容姿以外も気に入っていると思うけど」
「ご冗談を。
仮にそうだとしても、ヤン殿下はそのように献上されたものに興味を示すとは思えませんが」
「興味深いね。
君はなぜか昭国の人を惹きつける。
フェン王女の件を任せた理由でもある。
ちなみにユエ宰相が成婚の儀に合わせて入国するが、君との面会を希望している」
「私には分かりかねます。
そもそも特使付き官吏の任をお命じになったのは、王太子殿下と存じますが?」
「くくく……そうだったね。
そう仕向けたのはビヴィ公爵家だったわけだけれど。
一方で、ビヴィ公爵家は王弟妃殿下の生家でもある。公務のできない妃殿下を廃して、新しい妃を迎えるべきという意見も出ている。
そこで被害者である君の意見を聞こうと思ってね」
「恐れながら申し上げます。
王太子殿下もご存知かと存じますがビヴィ公爵家当主筋の働きは目覚ましく、王弟妃殿下を公務に復帰させ、後宮管理の利権を排除しました。その影響は家門全体に及んでいる最中かと存じます。
そのため、どうか寛大な御処置をお願いしたく申し上げます」
「ふーん、幼い頃から干渉されてきた君がそこまで言うのなら一考しようかな」
「ありがとうございます」
「さて、これを奏上したということは君は自分の力を認めなければならない。
王弟妃殿下を公務に復帰させ、後宮管理の利権を排除させるように仕向け、王妃を頂点とした後宮内部の秩序を作り上げた。
君は意図的に後宮を変えたね」
「お言葉ではございますが、私の力ではございません。王弟妃宮の使用人とビヴィ公爵子息がいなければ、この状況にはならなかったと存じます。また後宮を変えられたのは王妃陛下が動かれたからです」
「彼らの力は評価している。
私が言いたいのは、君は意図的にキーマンを動かし、彼らの力を最大限に引き出したこと」
「それは結果的にそうなっただけのことでございます。しかし殿下はそれをお望みかと思いましたが?」
「まあね、後宮はビヴィ公爵家の牙城だったから、なかなか手出しが出来なかった。前当主が亡くなり支配力が衰え、内部が分裂してきた頃合いだったから好機だった」
そうだったのか……。
「君は私と同じだ。自分が他人に与える影響を分かった上で、言葉で雰囲気で、意図的にそうなるように仕向けた。
今までは無意識でやっていたそれを、意識的にやろうとしたね」
「お言葉ではございますが、私にはとても……」
「人を制するのは何も武力や魔力だけではないということだ」
それには同意する。
言葉1つで、その人の人生を縛ることができると知っているから。
「まあ、予想以上の収穫で私は満足している。
君なら私の意図に気付くとは思ったし、見返りも用意したけどさ」
私は思い切って切り出す。
「殿下、クローディア公爵子息のことですが」
すると王太子殿下が、私の言葉に被せるように続ける。
「誤解のない様に先に言うと、彼からの申し出だ」
私は聞き間違いかと思った。
「なっ、なぜ⁈」
驚いて声が上擦ってしまう。
「めずらしい、君でも読めないことがあるんだね。いや、ユリウスのことは読めないと言うべきか。
どちらにしても、ユリウスが君を狙う者を放っておくと思うかい?」
王太子殿下がニヤニヤする。
悔しいが、図星なので反論できない。
「それは……ですが、なぜ王太子殿下に⁈」
「後宮で呪詛の可能性があったことを耳にしたのだろう。側近を派遣したタイミングで、ユリウスは私の元に来た。もともと私が君の事を気にかけていたのは承知していただろうからね」
ユリウス様の情報収集能力が王宮内のみならず、後宮にも及んでいることを察する。
「ですが、彼は第二王子殿下の側近で……」
「ユリウスにはゆくゆくは宰相の任についてもらおうと考えている。遅かれ早かれ、彼はライオールの側を離れなければならない」
「ですが、成婚の儀の前にしなくとも……」
「君の言いたい事はわかるが、彼にはやり遂げる能力があった。それに仕事に打ち込まなければやっていられなかったのだろう。彼の立場では後宮には会いに行けないからね」
「……」
「君は自分が他人を巻き込むことを厭うだろうが、他人が望んだことを否定することはしない。
それをユリウスの意思だと認めることだ」
「……」
「君にも盲目的な部分を発見できて収穫だな。
ユリウスは君が思っている以上に強かだ。
彼は簡単には私の陣営に入らないよ。
宰相は王宮では基本的に中立だからね」
まさか王太子殿下に諭される時が来るとは思わなかった。
わざわざ殿下自らその機会を下さったとすれば、私は格別の計らいを頂いていると思う。
「御教示頂き、ありがとうございます」
私は素直にお礼を述べる。
「まあ、これも君に対する褒美の一つだ。
さて今回の働きについて、君が望むことを聞こう」
「……それでは、王弟妃殿下を廃す動きを牽制して下さい」
「一応、理由を聞こうか」
「王弟妃殿下は公務に復帰され、この先も王族としての責務を果たし続けます。ルイーゼ様でないと務まらない理由については、王弟殿下が一番理解されているはずです。そして王妃陛下もそれを支持すると考えます」
「もっともな理由だけど、状況が芳しくないことには変わらないよ。もちろんこれ以上に肩入れすることができないことをわかって、君は奏上しているのだろうけど」
「王弟殿下と王弟妃殿下なら、お2人で乗り越えられると信じておりますので」
「それを見越して、世論をコントロールしたのかい?
今市中では王弟殿下夫妻をモデルにした小説とやらが流行っているんだって?
それを仕掛けたのは君だろう?」
王太子殿下の情報網は侮れない。
今流行っている小説は、呪いをかけられた妃を王が真実の愛で救い出す物語だ。
シルフィーユ様をモデルにした小説を書いた作家さんに、商会のニコライさんを通じてお願いした。人気作家の最新作なら、話題になるのも早い。
「申し訳ございませんが、私は後宮から出られない身でしたので市井の流行りには疎くて」
私は淑女の微笑みで答える。
「王族はある意味人気商売だ。
おかげで軽々に王弟妃を廃するなんてできないさ」
王太子殿下はやれやれというジェスチャーをする。
「左様でしたか。ですが私の望みも変わりません。王弟妃殿下のお耳に余計な言が入らないように牽制して頂きたくお願い致します」
「過保護だなぁ。
まあ、他ならぬ功労者の望みだ。ビヴィ公爵家の処分と合わせて、悪いようにはしないよ。
しかしながら、君は一度も自分のために望みを言わないんだね。褒美を与える甲斐がないなぁ」
王太子殿下は揶揄うような言い方をされる。
「港の混乱を収めたジーク傭兵隊長にお与え下さい。もちろん攫われている者を助け出したクローディア公爵子息にも」
「分かったよ」
「ところで殿下、こちらの腕輪はいつ外して頂けるのでしょうか?」
私は淑女の微笑みで奏上する。
これは褒美とは別物だ。
いつまでも魔法が使えると疑われたままでは困る。
「……」
王太子殿下はやれやれという顔でため息を吐いた。
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完結まであと8話、登場人物達のこれからを見届けて頂けると嬉しいです。最後までご一緒できれば幸いです。
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