後宮34
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
色々やってみたが、手と足の縄は解けそうになかった。
室内に使えそうな物はない。
室内のものは全て固定されているし、手足を拘束されている身では難しい。
そのため、私は待つことにする。
殺されないであろう私には、おそらく最低限の食事が与えられるはず。
誰かが接触してくるまで、
体力を温存するために横になる。
自分の中にもう迷いはなくなったが、状況を打開する良い案もなかった。
全ては成り行き任せ、変化する状況に対応することに力を注ぐ。
そのためには冷静に状況を把握する必要がある。
今もパニックにならずに済んでいるのだから、過去の経験も無駄ではなかったのだろうと思う。
そう、私は過去の自分を肯定できるようになっている。
私はずっと、無力な自分を許せなかった。
幼かったこと、
非力であったこと、
責任を抱え込んでしまったこと、
それらは事実ではあるけれど、
自分の中では全く関係がなく、
何もできないことが、ただただ許せなかった。
それが闇い気持ちとして自分の中に残っていたが、最近また薄れて軽くなっている。
たぶん泣いてしまったからだと思う。
いつか自分を許せるようになるだろうか?
ダメな自分も好きになれるだろうか?
「どんなレイも好きだよ」
ユリウス様が記憶のない私に言ってくれた言葉のように、
私も自分のことを、そう思えるだろうか?
こんな風に考えられるようになったなんて、やはり私だけでは辿り着かなかった。
またユリウス様に救われているな、と思う。
✳︎
ガチャガチャ
ギイ
重い扉を開ける音がして、誰かが入ってくる。
手にトレーを持っていて、水とパンが乗せられていた。
トレーが床に置かれる。
私は横になったまま、部屋に入ってきた人を見上げる。
その人も私を見下ろしていた。
服装は……船乗りの格好のようだ。
まだ若い、男性というよりは少年だ。
なぜそう思うかというと、身体が小さいから。
黒髪黒目の少年は私と目が合うと、少し目を見開いた。
「吃饭」
少年が小さな声で言う。
「?」
私は首を傾げる。
「……メシ」
少年が小さな声で言う。
「?」
私はまた首を傾げる。
「……」
少年はうーんという顔になる。
素直に表情が出るようだ。
「もしかして食事?」
私はトレーを指しながら答える。
少年は目を丸くして、うんうんと頷く。
「ならば手を解いてほしいのだけど」
私は手が縛られているところを見せて、少し動かす。
「……」
少年はうーんという顔になる。
彼が近付いてきて、私を起こしてくれた。
そして縛られている手にパンを乗せてくれる。
こうやって食べろということかな?
私は少し臭いを嗅いで、それからパンを少し口に含む。普通のパンだった。
薬などは入っていないようだ。
お腹の空いていた私はリスの様な格好でパンを食べる。
少年はその間も、私を不思議そうに見ている。
見張りにしては緊張感がないな。
めずらしい生き物を観察しているかのようだ。食べ方のせいかな?
パンを食べ終わった私に、少年がコップで水を飲ませてくれた。
念の為、一口だけ飲んだ。
薬などは入っていないようだ。
捕虜の扱いにしては手厚い。
そして私はずっと見られている。
少年はたぶん私の目を見ている。
「ありがとうございました」
私は少年お礼を言う。
「あの、他の人は無事ですか?」
試しに話しかけて見る。
「……」
彼は答えない。
「他に、私のように連れてこられた人がいますか?」
「……」
彼はうーんという顔になる。
そしてそのまま部屋から出て行った。
言葉が通じなかっただろうか?
ただ、少年が最初に発したのは昭国の言葉だったかもしれない。
聞き覚えがある発音だった。
だとしたら、この船は昭国の方に行くのかもしれない。
東の国へは船で何日もかかると聞いている。
ならばこの船もある程度の大きさがあると思われる。
そんなことを考えていたら、部屋に少年と男性が2人入ってきた。先程の少年が連れてきたらしい。
私は上から覗き込まれている。
なんだか、めずらしいものを見る目だ。
彼らの発する言葉に耳を傾ける。
やはり昭国の言葉なのだと思う。
断片的に単語らしいものを聞き取る。
緑、めずらしい、本当、驚き、報告……?
見ているのは顔、
『緑』は、たぶん瞳の色を言っている?
そうしたら新たに腰に縄を結ばれた。
代わりに足の縄を外されて、立つように促される。
男性達に促されて、私は部屋を出る。
通路を進みながら周りをキョロキョロする。
この階は倉庫のようだ。荷物がたくさんある。
階段を上の階に昇る。
上の階は居住区のようだ。部屋がたくさんある。
やはり大きい船なのだろうか?
しかしどの部屋にも人の気配がない。
船の人達はどこにいるのだろうか?
男達に連れられて一番奥の立派な部屋に通されると、白い服を着た男性がいた。
白い着物に白い羽織……私がルイーゼ様にしたパフォーマンスの時の服装に似ている。
手に棒を持っている。
棒の先には白く細長いものがたくさん付いている。細く切られた布かと思ったたが、紙のようだ。紙同士が擦れてシャラシャラと音を立てる。
白い着物の男性は私を見て目を丸くした。
男達は口々に何か言っている。
緑、希少、お守り、儀式……?
私は白い羽織を被せられ、男達に移動する様に促される。白い着物の男性が先導する。
階段を上の階に昇る。
急に空が見えた。
甲板に出たのだ。
聳え立つ帆柱が目に入る。
大きくて太い柱だ。
柱の先には旗……国旗だ!あれは昭国⁈
現在帆は全て下ろされている。
横方向に多数の割り竹が挿入されている帆だった。
この特徴的な帆の船を昭国の本で見たことがある。我が国ではジャンク船と呼ばれている船の形で、昭国で主に運用されている船だ。
ここが昭国籍の船だとしたら、正直まずい。
他国籍の船の中は、基本的に治外法権。
港に下ろされたものならば我が国の権利が及ぶが、ここにいる限りは助けを求めても手が出せない可能性が高い。
白い着物の男性は迷わずに進む。
帆の向きから私達は船首の方へ向かっている。
向かう先には船員らしき人達が集まっていた。
50人以上はいるだろうか?
身体の大きな男性ばかりで、屈強な船乗りという風体だ。
捕まったら逃げられないな。
すると船員達は私を見て、口々に何か言っている。
誰、女、貴重、初めて、幸運……?
私は白い服の男性に連れられ、船首ギリギリまで進む。
他の人はその場で、各々座り出した。
私は白い服の男性の隣に立たされる。
場が静かになり、男性は船首に向かって何か唱え始めた。唱える声の抑揚に応じて、手に持つ棒を振っている。
棒を構えていると、時折り強い風が吹いて白い紙が靡く。
さらに棒を降ると、先端から下がる白い紙がシャラシャラと音を立てる。
何かの儀式のようだ。
後ろをチラリと見ると、皆、頭を垂れていた。
その隙に周囲を見渡す。
周りには、大小様々な船が停泊している。
港で荷下ろししている人や作業をしている人も手を止めて、こちらを見ている。
めずらしいからかな?
あと船の上でこの白い服が目立つのかもしれない。
おそらく隣にいる白い服の男性は『香工』、船神の奉祀役だ。
彼は航海の安全を神に祈る者。
そして今は次の出航前の儀式中、
まだ帆が張られていないから、すぐに出航はしないはず。
日の角度から今は午後だから、出航は最短で明日の朝、またはそれ以降だろう。
うーん、私がここに連れて来られたのはこの儀式のため?
いや、どちらかというと偶然。
最初に居た部屋から急に連れて来られた感じだし。
でも、この機会を利用しない手はない。
私はゆっくり息を吐く。
全てはタイミングだ。
それは剣術と同じ、
相手の呼吸を見て、一番効果的と思われる時に動く。
一時でも相手を惹きつけられれば、
そして私の存在感を示せれば、良いのだ。
自分の中に、近いイメージを探す。
ヤン殿下と最後に会ったシーンが蘇る。
彼のように一瞬で周囲を圧倒するような存在感を示すことができれば、この状況を切り崩す一手になるかもしれないな、と思った。
1人の視点ですので情報が偏っています。
お付き合い頂いている方々、いつもありがとうございます。
完結に向けてあと十数話、最後まで見届けて頂けると嬉しいです。
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誤字報告も助かります(活動報告でお礼申し上げております)。
いつもありがとうございます^_^