特使9 救い
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
「アレクさん、ちょうど良カッタ。こちらに来て頂けマセンカ?」
シャオタイ護衛長と別れて私が昭国の離宮に急ぐと、慌てたユエ執務官に呼び止められた。
「ユエ執務官、ヤン殿下はいかがですか?」
「ひどく怯えておいでデス。アレクさんを呼んでほしいと言っていマス」
「そうですか……」
「ヤン殿下はそのお立場から、何度か同じような目に遭っているのデス。目の前で護衛が亡くなったこともありマス。色々と思い出してしまったのかもしれマセン」
「……しかし私は他国の官吏です。殿下のお気持ちに一番寄り添えるはユエ執務官ではないでしょうか?」
「私も官吏の一人にすぎマセン。
どうか今は殿下の為に側についてあげていて下サイ」
そう言って、ヤン殿下の寝室に連れて行かれてしまった。
未婚の男女が同じ部屋にいるのはあらぬ誤解を招く。正直、部屋の扉を開けたままにしたかったが、それができる状況ではなかった。
ヤン殿下は暗い部屋で布団に包まっているようだ。
「殿下、お呼びと伺いましたが」
「アレクか。危ない目に合わせて悪かったな」
落ち込んだ声だが、年相応の落ち着きを感じさせる話し方だった。私がクナイを触ろうとしたのを制した時に感じたのと同じ、普段とは別人のような殿下。
「いえ、殿下がご無事でなによりです」
しばらく殿下は黙ったままだった。
そして小さな声で呟いた。
「世の周りはいつもこうだ。自分一人であれば誰も巻き込まずに済むであろうに」
「殿下、思い詰めてはいけません」
「母上も巻き込んだから殺されたのだ」
「……」
私は殿下の側に近付く。
ポケットからハンカチを出した。
「殿下、宜しければお使い下さい」
「なぜ守られるだけの世が泣くのか、わからぬ」
「それは殿下が自分の無力を嘆いて、自分に悔しさを感じていらっしゃるからです。
人は自分のために泣くのです」
「なぜそのようなことがわかる?」
「私にも覚えがあります。
だから泣ける時に泣いておいた方が良いですよ。これから先、泣けない時がきますから」
「……」
殿下がハンカチを手に取った。
私は少し安心した。
「ユエ執務官を呼んで参ります」
そう言って下がろうとしたところ、身体が引っぱられた。
見るとヤン殿下に手を握られている。
「少しこのままでいてほしい」
私は立ち止まって、握られた手を見る。
本当はこの手を解いたほうが良い。
官吏として、王宮に仕える者として誤解を招く状況は避けるべきだ。
他人事と割り切れれば、手を振り払えるのだろうが……。
「……わかりました」
私は彼にかつての自分を重ねているのだろう。
両親を失い、その後もたらされた混乱の日々。
自分の無力さを何度呪ったかしれない。
一方で、ずっと抱いてきたその闇い思いが、少しずつ癒されていることを知っている。
そう、彼のおかげで。
私はユリウス様の姿を思い浮かべる。
私にとってユリウス様がそうである様に、ヤン殿下にもそういう存在があれば救いになるのだろう。
ヤン殿下にとってそういう存在になり得るのは……今は1人だけ、だろう
1人視点なので情報が偏っております。全体がわかるまでは読み進めて頂けると嬉しいです。
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