後宮28
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
数日後、ニコライさんが後宮に商品を届けてくれた。
私は「後宮外庭」と呼ばれるエリアに出向き、面会室でニコライさんと打ち合わせをする。
後宮外庭とは後宮を支える後方支援施設のことで、後宮内の食事と洗濯は全てこの場所に集約されている。その他後宮勤めの役人の仕事場、侍従や侍女専用の生活エリア、外部の人と面会するための窓口としての建物がある。
だから商人が入れるのも後宮外庭までだ。
後宮には妃殿下専属以外の使用人の方が多い。
王族や貴族に仕える上級使用人と、
王宮全体の運営に関わる一般使用人、
そして後宮の下働きを担う下級使用人だ。
それらが後宮外庭で生活していて、毎日それぞれの持ち場に出向く。その数は正確には分からないが200人以上は在籍していると思われる。
「確かに、これは大きな市場ですね。
お嬢様は本当に面白いことを考える」
「時期はこちらの状況次第になると思いますし、然るべきルートで話を通しますから時間もかかります。実現すれば、面白くなるでしょう?」
「それで実現する目処は立ちそうですか?」
「まもなく動きがあるかと思います。
余計な横槍が入るのは避けたいので、水面下での準備をお願い致します」
✳︎
王弟妃宮に戻る途中、私は呼び止められた。
王妃宮の侍女だった。
後宮の使用人の制服は所属ごとに違うので、侍女の服装を見ればどの宮かわかる。
侍女についていき、私は王妃宮に入る。
宮の入口に近い部屋に通されて、しばらく待つ。
扉がノックされて入って来たのは、予想していた人だった。
輝く金色の髪、色味の濃い金色の瞳の美貌の持ち主で、そこにいるだけで絵になるお姿。
「久しぶりですね、アレキサンドライトさん」
「クローディア公爵夫人におかれましてはご機嫌麗しゅう」
「王妃様にお願いして王妃宮の場所をお借りしました。今は2人きり、堅苦しいのはなしにしましょう」
「ご配慮頂き、ありがとうございます」
クローディア公爵夫人なら、このルートで接触してくると思っていた。
彼女は王妃陛下に王妃宮に招かれる数少ない貴族の1人。筆頭公爵家夫人という立場を抜きにしても、王妃陛下が特に懇意にしている方なのだ。
「ビヴィ公爵家から経緯は聞きました。大変でしたね」
「ご心配をおかけして申し訳ございません」
「それで状況が改善したにも関わらず、公爵邸に戻らずにこちらに留まっているのはどうしてなのかしら?」
「……その、クローディア公爵閣下からは何かお聞き及びですか?」
私は恐る恐る探りを入れる。
すると夫人の雰囲気が一気に険悪になる。
扇を広げ、口元を隠しながら強い口調で言う。
「あの人は『2人の好きにさせるように』と言って、王宮に逃げて行きましたよ。全く殿方というのは、都合が悪くなるとすぐに仕事に逃げて……。
式を急がせたのはあの人なのに、準備があるにも関わらず主役の2人が不在なんて……」
美形が怒ると、美しさからくる圧が半端ない。
ユリウス様もそうだが、夫人を前にすると美しいという圧が倍になって迫ってくるようだ。
「……誠に申し訳ございません」
私は誠心誠意、謝る。
圧に屈する私には、それしかできない。
すると、夫人の口調が元に戻る。
「アレキサンドライトさんが謝ることはありません。
ただ、貴方は私達の娘になるのだもの。
心配するのは当然でしょう?」
娘だと思ってくれたから、手を尽くしてこのような場を設けて下さったのだろう。
私は夫人の気持ちに、素直に感謝の意を込めて言う。
「ご心配を頂きありがとうございます、お義母様」
すると夫人は目をパチパチさせた。
少し驚いたようだ。
雰囲気が一気に柔らかくなる。
「ふふふ……貴方にそう呼ばれると感慨深いわ。
成婚まではそのように呼ばれないかと思っていたのだけれど」
「お嫌でしたか?」
「いつそう呼んでもらえるのか、楽しみにしておりましたのよ。しかもあの人よりも先に呼ばれることになって、とても気分が良いわ」
夫人の機嫌が少し直ったようで一安心する。
「アレキサンドライトさん、貴方は自分よりも周りを優先するきらいがあります。貴方が公爵邸に戻らない理由もそこに尽きると思いますが、成婚前に無理をすることはないと思うの」
夫人は私のことを本当に案じて下さっているのだと分かる。だから私も本当のことを言うことにした。
私は王都で何者かに後をつけられたこと、ユリウス様に助けて頂いたこと、後宮にいれば安全で、ユリウス様が迎えに来てくれると約束してくれたことを話した。
夫人の予想は外れていない。
私が公爵邸から通うと送り迎え時にリスクが生じる。クローディア家の護衛を信じていないわけではないが、彼らを好んで危険な目に遭わせたくもない。
またエリザベス様やサラ様をはじめ、関係ない人を巻き込むこともしたくなかった。
後宮の中にいる分には、おそらく相手は手を出せない。だから私が後宮の外に出たタイミングで行動を起こしたのだろう。
私の話を聞いた夫人は、ため息を吐いて納得して下さった。
「しかしながら貴族の女性の身というのは本当に不便なもの。男性に守られながらにしか、私達は生きられないのかしら?」
夫人がため息を吐きながら言う。
「お義母様がそのように仰るとは意外でした」
「私はこの容姿もあり、幼い頃から守られてきたわ。自分に力がないから有り難いことではあるけれど、自由ではなかったの。
だから自由にどこへでも行ける環境に憧れていたわ。色々なところに行って、様々なものを見て、新しい自分を知る。そうすれば鳥籠の様な環境に戻っても、自分を保っていられるもの」
私が綺麗なものを見て心を保つように、
夫人にとっては様々な知見を得ることで自分の心を保つのだろう。
「クローディア公爵閣下は、お義母様のお気持ちを汲んで、様々なところへお連れになるのですね?」
「あの人は私の望みを叶え続けると言ったの。そのために外交を志し、今の地位まで登り詰めた。
その過程で子供達には寂しい思いをさせてしまったけれども、貴方が公爵邸に来てくれたおかげであの子達も変わったわ。だから貴方には公爵邸にきちんと帰ってきてほしいの」
「お義母様のお気持ちを聞けて、とても嬉しいです。私は必ず公爵邸に帰ります。
ただ、その前にやりたいことがあるのです」
「やりたいこととは何かしら?」
「お義母様、私は後宮も鳥籠の様な環境だと感じております。男性によって作られた、王族の女性を守る鳥籠。しかし守るといっても実際は女性を囲い、競わせるだけの息苦しい環境ではなかったかと思います。王妃陛下はこれを変えようとなさったのではないですか?」
「ええ、その通りです。
意中の相手の寵を得ようと努力することは良いのですが、閉鎖された環境だとライバルを害す方向へ気持ちが向いてしまうから、と」
「少なからずルイーゼ様のことをご心配頂いてのことかと推察致しますが」
「そうね、王妃様とルイーゼ様は幼い頃から婚約者を持たなかった。当時そのような令嬢は妃候補と目されていたの。王妃様は穏やかな気性のルイーゼ様をいつも気に掛けていたわ。妃選びが辛いものなのはよく分かっていらしたから。
ルイーゼ様が妃に選ばれた後は、周囲が対照的な妃殿下同士を比較する。さらに御子ができないことでルイーゼ様が責任を感じる。
王妃様がルイーゼ様を案じて近付く程、ルイーゼ様を追い詰める状況になってしまったことを今も悔いていらっしゃるわ」
「お義母様、ルイーゼ様は順調に回復されております。今はまだ人前に出られる程ではございませんが、いずれ公務に復帰されるでしょう。
ルイーゼ様の心根は清いままです。王妃陛下とのことは王宮としての物の見方が影響したことであって、王妃陛下が悔やまれることはございません」
「貴方の言葉を王妃様に伝えましょう。きっとお喜びになるわ」
「ありがとうございます。
お義母様、私はこのような後宮の状況を少しでも変えたいと思っております。つきましてはお義母様に、ご相談したいことがあるのですが……」
辛抱強くお付き合い頂いている方々、いつもありがとうございます。レイの描いた盤面もやっとここまできました。これからは終盤に向けて話が進みます。
完結に向けて、見届けて頂けると嬉しいです。
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