後宮27
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
「ルイーゼ様、ゆっくり体重をかけて下さい。痛みが出たら、一回止めましょう」
ルイーゼ様の歩行訓練が始まる。
ルイーゼ様は手摺りに掴まりながら、ゆっくりと足を動かす。
ゆっくり一歩、二歩、三歩……。
掴まってはいるものの、自分の力だけで身体を支えて、歩けている。
初めてそのお姿を見た時、侍女頭をはじめ、侍従や侍女も泣いていた。
ルイーゼ様が不調で苦しんできた時期を見守ってきた者達にとって、待ち望んでいた姿なのだろう。
まだ始まったばかりだけど、この方向性で進めて良いと感じる手応えがあった。
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「なんというか、よくポンポンと考え付くものだ」
ビヴィ公爵子息は商会からの請求書を見ながら、半ば呆れ気味で言う。
彼が私と話す時は、大概呆れている顔をするようになった。
彼も私も、お互い取り繕うことをしなくなっているなと思う。
「ポンポンなどとは失礼ですよ。王弟妃宮の皆で懸命にアイデアを出し合って、よく検討した結果出来上がった努力の結晶です」
「良く言うものだ。君が製品化できるようにコントロールしていることは、はたから見ていればわかる」
「コントロールなんて人聞きの悪いことを。私はただ機能とデザインが両立できるように意見を申し上げているだけです」
「確かに、君はデザインには興味なさそうだからな」
「ご理解頂けて恐縮です」
ルイーゼ様が快適にトレーニングできるように、衣類と靴を試作した。
特に靴については、歩く上でとても重要だ。
今まで貴族の女性が履くのはヒールのあるパンプスとバレエシューズが主だった。
日中は主にパンプスを使用し、湯浴みや就寝前後に室内でバレエシューズを使用するといった具合だ。
ルイーゼ様はまず歩けるようになることを目標としているので、ヒールのない靴を履いて訓練して頂く。その際に使用する靴を試作した。
平民の女性が履くヒールのない靴を参考にして足元のクッション性と安定性を確保しつつ、ルイーゼ様の好みに合うようにデザインする。
また訓練する際に足元が良く見えるように、ドレスではなくパンツスタイルの室内着も試作した。長いスカートだと足元の動きがわからないからだ。
他にも昭国の衣装を参考にした身体に負担の少ないドレスや、トレーニングに必要な手摺りや器具など、色々作ってみては改良している。
それらを使用して、先日からルイーゼ様の歩行訓練を始めている。
事前に筋力トレーニングした効果があったのか、順調に歩く距離を伸ばしている。
幸い膝の痛みは出ていない。
ただ、今は少し動くと疲れてしまう。
訓練を通じて体力が戻れば、長い距離を歩くこともできそうだ。
そのために食事管理や、トレーニング後の身体のメンテナンス等も取り入れている。
「ところで、特注の床と合わせてこれらの商品の特許の申請手続きは滞りなく進んでおりますか?」
「言われた通りに済ませてある。これが後々役に立つのか?」
「人は必ず老いるもの、歳を重ねるうちに怪我をしたり、身体に不調がでることもあります。その時に使用する商品として、役に立つかもしれません。
また床はダンスレッスンフロアとしても使えます。今後値段を下げられれば、一般に普及する可能性があります。特許として技術を登録してありますので、普及する時期が来れば自ずと役に立ちましょう」
「良かったのか?ルイーゼ様の名義で。
君が主導した結果だろうに」
「王弟妃宮で行う共同事業ですからルイーゼ様の名義が相応しいのです。それにルイーゼ様が権利を有していても無駄にはなりませんし、場合によってはビヴィ公爵家に譲渡することもできましょう」
おそらく、今後ビヴィ公爵家の力は落ちる。
それはビヴィ公爵子息も予想している。
今まで後宮の利権を不正に独占していたのだ。それを是正すれば、家としての力は弱まるだろう。
だがそれがビヴィ公爵家内部の者の手で行われたのだから、影響を最小限に抑えることができる。
内部の自浄作用が働くことを証明できれば、王家も強引な介入はしない。
もしこれが外部の者の手で行われるのならば、不正が明るみに出て今の地位を守ることは難しくなるだろう。
例えば王太子殿下がビヴィ公爵家の者を捕らえた場合は、公爵家の序列が下がる。
ビヴィ公爵家の地位が大きく下がると、王弟殿下やルイーゼ様にも影響がある。
私は、できれば影響が出ることは避けたいと思う。
実家の力が衰えた時、ルイーゼ様が何とかしたいと思うならば、ルイーゼ様が有している権利を譲渡すれば良い。
ルイーゼ様が持っているよりも、実家の事業に組み込めば少なからず活用できる。
ビヴィ公爵家が一定の力を保有することは、ひいては王弟殿下のためになる。
なのでルイーゼ様がその手助けができるように、できる限り準備しておくことも必要だと考えた。
「……君が男に生まれていたら、官吏になって出世していただろうに」
ビヴィ公爵子息はため息を吐いて言った。
「ふふ……それは最高の褒め言葉ですね」
私は目を閉じて、呟く。
彼のような人もいるから、ビヴィ公爵家には存続してほしいと思う。
ベガ伯爵のような貴族ばかりではなく、常識があり良心的な貴族もいるのだと分かったことは貴重だった。
私はビヴィ公爵家に偏見を持っていたことで状況を見誤った自分を戒めたが、
それとは別に彼の家に対する嫌悪感が薄れてきていることを実感している。
何年も抱えてきた闇い気持ちの一部が、薄れて軽くなる。
たぶん私だけでは、辿り着かなかった境地、
そして解消方法だった。
ユリウス様を選んだ結果、
ビヴィ公爵家と距離が近付いた末
訪れた好機だった。
ユリウス様に出会えて、
好きになって良かったと思う。
そして、また彼に救われたと思う。
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完結に向けて、見届けて頂けると嬉しいです。
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