後宮26
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
「レイが何を考えているか分かるつもりだけど、
心配することはない」
「今それを言います?
私の頭が働かない時に」
「もちろん狙ってやっている。
レイはいつまで経っても、こういうことに慣れないから」
「少しは慣れました。
だからこうして話もできます」
「余裕がない時ほど強がるくせは、変わらないな」
「でもユリウス様の身を心配しないなんて、無理です。
荒事にでもなったらと思うと」
「俺がどれくらい強いか、レイなら知っているかと思ったけど?」
「それとこれとは別です。
ユリウス様には危ない目に遭ってほしくないのです」
「俺がレイを心配する気持ち、分かった?」
「十分すぎる程に」
「ならば諦めて、受け入れるしかない」
「……これが惚れた弱み、ですか?」
「良くできました。きちんと学んでいるようだ」
「んっ、ユリウス様、待って、まだ話が……」
「待てない」
また口を塞がれてしまう。
絡められた指も、繋がれた手も、
押し当てらた身体も、
触れているところ全てが熱い。
こうなると他のことが考えられない。
触れている相手のことしか。
彼はそれを分かってやっているのに、
私にこれ以上考えさせないように仕向けているのに、
私は抵抗するどころか、嬉しいと思ってしまうなんて。
本当に敵わない。
自分の無力さを嘆いていた私は、彼に救われる。
彼の言葉に、行動に、
こんな自分でも良いと、肯定してもらえる。
✳︎
おそらく私の後をつけていたのは、私を後宮に留める指示をした者の配下。
エダ様に不当な指示をしていた者の上役。
となればビヴィ公爵家門のかなり上位の者。
後宮の役職者は本家の者だったはずだから、
それに命令できるくらい高位の者。
ビヴィ公爵子息は調査すると言っていたが、時間がかかるということは手が出しにくい相手。当主の息子がそう感じる相手なら、重鎮クラスということか。
当主やビヴィ公爵子息とは別の派閥、別の考えを持つ者だろう。
今、私がいなくなったら、ルイーゼ様の対応が中途半端になってしまう。ビヴィ公爵閣下なら、結果を出す前に王弟妃宮から離すなんてことはしないはず。
そして王太子殿下はビヴィ公爵家の動きに気付いていた。このような事態を想定していた。
だが、私が後宮に入ることは止めなかった。
かわりに私に腕輪を付けた。
おそらく魔力を感知する機能とは別に、
居場所を探知できるようになっているのだと推察する。
王太子殿下から情報を共有する指示があれば、ユリウス様は私に話してくれるはず。
その話をしないのなら、私はまだ王太子殿下の動きを知らない方が良いという判断。
その場合、私は王太子殿下の意図を知らない振りをして、敵を引きつける役目を続行するだけ。
ビヴィ公爵家は今自浄作用が効き始めている。
それが家門全体に及べば、王太子殿下が動かなくても、不正をした貴族を廃すことができる。
ビヴィ公爵家の内部の動きが早いか、
王太子殿下が決定的な証拠を押さえるのが早いか、
そういう状況なのだろう。
私は私の目的のため、なるべく動かないことを選択する。
私の目的はユリウス様を危険に巻き込まないこと、
あとビヴィ公爵家の地位をなるべく落とさないこと。
✳︎
「はぁ、自分の気持ちを隠しても、結局ユリウス様には気付かれてしまいました」
私はため息をついて、ユリウス様に寄りかかる。
まだ彼に離してもらえないので、動けるのはこれくらいなのだ。
「もう隠しごとはしないことにしたのではなかったか?」
「私が気付いたことを、ユリウス様に悟られたくなかっただけです」
「だが俺が察したことを、レイも分かったわけだろう?」
「できる婚約者を持つと、隠し事はできませんね」
私は観念する。
「もしかして、まだ何か隠している?」
ユリウス様は面白そうに言う。
こういう顔も好きだなと思う。
「実は隠していた気持ちがあります」
私は彼の頬に手を当てて、言葉を続ける。
指先で、彼の左耳につけてある術返しの魔導具に触れる。
「……こんな時なのに、会えて良かった。
話ができて、こうやって過ごせて、とても嬉しい。
本当はずっと会いたかった。
離れていて寂しかった。
ユリウス様、今日はお忙しいのに来て下さって、ありがとうございました」
ユリウス様は目を瞬いた。
予想外のことだったようだ。
「赤い薔薇も良いけど、言葉で直接伝えてもらえるのはもっと良いな」
ユリウス様は少し照れたように笑ってくれた。
こういう顔を見ると離れがたくなってしまう。
でも、いつまでもこうしてはいられない。
「ユリウス様、今更ですが職務は大丈夫なのですか?」
「滞りなく進んでいる。
ただ、成婚の儀までは王宮にいることになるだろうな」
「くれぐれもご無理なさらないで下さいね」
「レイを補充できたから、しばらく頑張れそうだ」
「ふふ……私も頑張れそうです」
ユリウス様は少し躊躇ったようだが続けた。
「レイ、ビヴィ公爵家より仔細の報告は受けた。
レイは公爵邸に帰るか?」
私は少し考える振りをして、ユリウス様の様子を伺う。たぶん、こちらの答えを欲しているはず。
「……私はしばらく後宮にいようと思います。
後宮から出なければ安全だと考えます」
私の答えを受けて、ユリウス様はホッとした様だった。
「そうしてくれ。
成婚の儀が終わったら、迎えに行くから」
彼は私の手を取り、口付ける。
居場所がわかる術をかけたのかもしれない。
「はい、待っています。
迎えに来てもらえるなんて、なんだかお姫様になったような気分です」
「レイは大人しく守られていてほしいと、俺はいつも思っているよ」
「ふふ……そうします」
「こちらの成婚も控えているしな」
「それは……準備とか大丈夫なのでしょうか?」
「母上と家令で進めているから問題ない」
「なんだか申し訳ないです」
「それは仕方ない。
こちらは王族の命なのだから」
やはりユリウス様も王族の命を受けているのだと確信する。
「あと、次に会う時は呼び方を改めておくように」
私は予想外の言葉にびっくりする。
泣いてしまい、すっかり呼び方が元に戻っていたことを思い返した。
「わかりました、ユリウス」
なぜ彼の前では、いつも上手くできないのだろう?
会えたら笑って迎えたかったのに。
心配しなくても大丈夫だと、安心してもらいたかったのに。
呼び方だって、喜んでもらえる方にしたかったのに。
後宮ではもっと複雑な立ち回りをしているのに、
彼に対しては、いつも思うようにいかない。
ここまでお付き合い頂きました方々、いつもありがとうございます。
完結に向けて、見届けて頂けると嬉しいです。
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