後宮22
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
ビヴィ公爵子息によって、私が後宮に不当に留められることはなくなった。これで外出もできるし、クローディア家に戻ることもできる。
だけど、ビヴィ公爵子息が調査が必要と判断した件が引っかかった。彼の能力なら、どのような指示があったか調べるくらいなら時間はかからないはずだ。
しかもエダ様に不当な指示をしていた男性は「仕方なく」と言っていた。
私は単なる嫌がらせと思っていたが、もしかすると違うのかもしれない。
自分に先入観があったことを反省する。
そして自分の左腕につけられた腕輪を見る。
魔力を感知すると反応すると説明された腕輪、これをつけさせたのは王太子殿下だ。コウを動かせるのはその主のみだから。
当初私が魔法が使えると疑われているのかと思っていたけど、おそらくそれだけではない。
この状況になり、王太子殿下の意図がより明確になった。殿下は貴族の膿を出し切るつもりなのだ。私はそのための格好の餌なのだと悟る。
私はユリウス様の顔を思い浮かべる。
できるなら、巻き込まれないでいてほしい。
自分の職務に注力してほしい。
ユリウス様もこういう気持ちで、私を後宮に送り出したのだろう。
ユリウス様に会いたい。
でも巻き込む可能性があるなら、会わない。
✳︎
今日はルイーゼ様の診察の日だ。
侍医と共に、王弟殿下とビヴィ公爵閣下もお見えになった。
ルイーゼ様の部屋には侍従と侍女頭が控えており、私も部屋の隅に侍る。
診察を終えた侍医は「ルイーゼ様が以前よりも体調が良さそうに見える」と言われた。
不調を脱したとの判断に一同ホッとする。
「……セレス嬢、侍医に聞きたい事があるとか?」
ビヴィ公爵閣下から声をかけられる。
「発言の機会を頂きありがとうございます。
先生には、ルイーゼ様の体調について確認させて頂きたく存じます。
ルイーゼ様は持病はなく、約2年前まではお元気でいらしたと伺っております。
体調を崩されたきっかけは何とお考えでしょうか?」
「足をお怪我されてから不調になられたと認識している」
「お怪我は完治されたと伺いましたが、どちらの部位だったのですか?」
「右膝だ。筋を痛められた」
「怪我が完治するまでの経過は良好だったのですか?」
「安静にしておられたから、腫れは早くひいた。しかし痛みが残り、介助しないと歩行が不安になられた」
「公務には私が、日常生活では侍従か侍女頭が付き添っておった」
王弟殿下が答える。
「お怪我が完治した後は体調が思わしくなく、外出が減ったと伺いました。ルイーゼ様、お身体が重く感じておられるのではないですか?」
私はルイーゼ様に尋ねる。
「その通りよ。よく分かるわね」
ルイーゼ様が感心する。
「お話頂きありがとうございます」
私は一息吐く。
「先生のお見立ての通り、ルイーゼ様はストレスを抱えていらっしゃいました。気分が落ち込むこともおありだったと思います。
それがルイーゼ様のお怪我の完治の時期と重なっていた場合、ルイーゼ様にはさらにお辛く感じられていたかと思います」
「完治したのに元の様に歩けず、殿下や他の者の手を借りないと過ごせないことを情けなく思ったわ……」
ルイーゼ様が辛そうに俯く。
「ルイーゼ……」
殿下が労わるように声をかけた。
殿下はルイーゼ様の隣に移り、肩を抱く。
「ルイーゼ様、怪我が完治しても直ぐに元のように動かない場合もあります。まして膝や腰のように身体の要所にあたる部分は、元の様に動かすために時間がかかります」
「そうなの?私、焦ってしまったのね」
「逆に言えば、時間をかけて元の様に動かす訓練をすれば、また歩けるようになる可能性があります。これを通称、機能回復訓練というそうです」
「機能回復訓練?聞いたことがない」
侍医が言う。
「我が国では民間療法なので、先生はご存知なくても仕方のないことです。なお昭国では医療行為の一環として位置付けられていると聞いております。
知人の傭兵の話によると、怪我が治り痛みがなくなった後に、怪我をした部位を少しずつ動かすのです。段々と動かす部分を大きくし、元の様に動かせるようにする訓練とのことだと伺っております。
怪我が完治しても動かさずに寝たきりになると、全身の筋力が衰え、怪我をした部位のみならず身体を支えることが難しく感じるようです。
貴族の方は医師にかかることができますが、平民は必ずしも皆が医師に診てもらえるわけではありません。特に傭兵業は怪我がつきもの。それでも彼らが長く働くために、自らの身体をよく知り、医師の及ばないところを補ってきた民間の医療技術とお考え下さい」
「それはルイーゼにもできるものか?」
王弟殿下が私に問う。
「機能回復訓練は本人の状態に合わせて無理なく行うものです。試す価値はあるかと存じます。
ですが即効性のあるものではなく、ある程度の時間を要します。
最後はルイーゼ様の意思にかかってくるかと考えます」
私はルイーゼ様に向き直る。
「ルイーゼ様のお考えはいかがですか?
ルイーゼ様の願いを叶えるために、一緒に挑戦なさいますか?」
私はルイーゼ様に敢えて『挑戦』という言葉を使う。この意味をルイーゼ様ならお分かりになるはず。
「……殿下とまた並んで歩けるのなら、私は努力したいわ」
ルイーゼ様が静かに微笑まれた。
朗らかな笑みに希望が見えるような気がした。
「セレス嬢、よく分かった。
ルイーゼの体調に注意しつつ、機能回復訓練とやらで身体の機能を戻すように運動するのだな」
「仰る通りです、公爵閣下。
そのためには侍女達をはじめ、宮の皆に理解と協力を求めなければなりません。
例えば訓練を行う上で、通常のドレスは重くて動き難い。また足元は最初ヒールのない靴で訓練しないと、他の筋を痛め兼ねません。
そのように慣例とは異なる対応が必要になるかと存じます」
「そういうものなのか?」
「はい。病気になった時それに合った食事が必要になるように、弱った身体にはそれに合うものを使うことで、回復を早める効果が期待できると考えます。
例えばこの部屋の床に敷かれた絨毯も、ルイーゼ様には歩きにくいものに感じられたと思いますがいかがですか?」
「ええ、確かに足元が覚束無いというか……」
「毛足の長い絨毯により足元がしっかり定まらないです。怪我のない私達には感じにくいことです。
そのため訓練を始める前に、王弟妃宮の床についても対策させて頂きたく存じます」
「そこまでするのか……」
「恐れながら、閣下、
今まで手を尽くされても状況が改善されなかったため、私が呼ばれるに至ったのではないでしょうか?素人である私が今までと同じ事を踏襲しても、効果は見込めません。
しかしながら、例え私が力を尽くしてもこの先どうなるかはわかりません。
そのために挑戦するのです。皆で一緒に」
「公爵、私はセレス嬢の言に賭けたいと思う。なによりルイーゼが挑戦することを受け入れている」
王弟殿下が仰る。
「殿下、分かって下さり嬉しゅうございます」
ルイーゼ様が仰る。
「殿下のお気持ち、承知致しました。
ビヴィ公爵家としても、できる限りのことを致します」
ありがとうございます。
その言葉を待っておりました。
何かを成し遂げる上で、目的に至る手法に頭を悩ますことは多いけれど、一番大変なのは関係者の気持ちを合わせることだと思う。
ここでやっとスタートライン。
ルイーゼ様の身体の対処が始められる。
ここまでお付き合い頂きました方々、いつもありがとうございます。
完結に向けて、見届けて頂けると嬉しいです。
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