後宮16
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
侍女頭エダ様には、指示役に従っている振りをするように伝えた。彼女の家族に、不利益になるような圧力がかかるのは避けたい。
ビヴィ公爵家門は縦割り社会の力が強いのであろう。序列や家同士の関係が、個人の立場を縛り、利用するものになる。
彼女に指示した者は、おそらくクローディア家から後宮への問い合わせや、荷物の受取等も受け付けないだろう。
コウとフェンを通じて、クローディア家に連絡できたのは幸いだった。
それを受けたユリウス様やクローディア公爵閣下がどう動かれるかはわからないが、すぐにどうこうはできないと推測する。
後宮は完全にクローディア家の管轄外だ。
だから『心配しないように』と伝言した。
もし私に接触できるとしたら、クローディア公爵夫人になるだろう。彼女の交友関係なら可能だと思われる。だがそれもある程度の時間が必要になるだろう。
後宮は巨大で複雑なシステムだ。
ビヴィ公爵家が独占するのもわかる。
王太子殿下が私にユリウス様と会える機会を作ったのは、また期待の表れだろうか?
何となく王太子殿下の意図がわかるが、とりあえず置いておく。
✳︎
翌日、ルイーゼ様の散歩の時間に合わせて、私は庭園に行く。
ルイーゼ様の身の回りの世話は侍女頭をはじめベテラン侍女の務めだが、侍女頭にお願いして、今日は私に担当させて頂く。
「ルイーゼ様、エダ様に急な呼び出しがあり、その間を私が務めさせて頂きます」
私は用意していた台詞を口にする。
もちろん侍女頭エダ様は近くに控えている。
ルイーゼ様と私を2人きりにするのは侍女頭として心配だろうから、もちろん配慮する。
「セレス嬢、良かったわ。
私も話したいことがあったの」
私はルイーゼ様の車椅子をゆっくり押す。
ルイーゼ様は、自室は侍女に介助されて移動されるが、それ以外は車椅子を利用されるようになっていた。
夜会でお会いした時よりも確実に歩けなくなっている。体全体が弱られているのは明らかだった。
「ルイーゼ様、お話とは何でしょうか?」
「こちらにはもう慣れたかしら?
貴方の持ち場が遠いせいか、あまり姿を見られなかったから心配していたの」
私が謹慎していたことは知らないらしい。
予想通りか。
「ご心配をおかけしました。
皆様に良くして頂き、仕事にも慣れて参りました」
「貴方とは夜会以来ね。
またお話できるのを楽しみにしていたの」
「私もお会いできるのを楽しみにしておりました」
私は微笑む。
会えるのを楽しみにしていたのは本当だ。
ルイーゼ様は孤児院の話を聞きたがった。
私はルイーゼ様がどの程度情報を把握しているか、探りながら話す。
案の定、孤児院が王立研究所と提携関係にあることも、薬草の栽培で資金難を脱出したことも知らなかった。
そのため私はそういうことには触れず、孤児の中から下級官吏に登用された者が出たとか、以前よりも活気があるなどと話す。
「院長先生も、ルイーゼ様のことを案じております」
「うふふ、彼女は変わらないわね。
彼女と野原を駆け回った頃が懐かしいわ」
「ルイーゼ様と院長先生がですか⁈」
「うふふ、そうは見えないでしょう?
私も彼女も深窓の令嬢には程遠かったの」
「意外でしたが、私は素敵だと思います。
私も自然の中で過ごすことが好きです」
「嬉しいわ。こういう話はなかなかできないから」
✳︎
その後、私は折を見てルイーゼ様の側に侍るようになった。
ルイーゼ様とお話しながら、彼女の状態を把握するように努める。
私は見極めたかった。
どこまで深く関わるべきかを。
そのためには直接会って、話す必要がある。
それが一番、得られる情報量が多い。
今の私が持ち得るのは、自分自身のみだから。
魔法は、もうない。
私の大事なものは安全なところにあって、心配はない。
身一つというのは、余計な柵がなくて身軽だけど、少し心許無いと感じていた。
でも生まれて初めて、女性としての自分だけで、この場所に立っているのだなと思う。
ここにいる人は、皆そうだ。
その中で、後宮にいる貴人と侍女達は、女性である自分の力で立っている。
自身が持ち得るものだけで、渡り歩く世界。
ルイーゼ様は春の日の様に朗らかな方だった。
権謀術数の貴族社会において、この様に清らかで温かなままの御心で在られるのは、非常に稀なことだ。
しかし御本人は決して無知ではなく、自分なりに分かった上で、心根の変わらない大器な方だと思われる。
王弟殿下とルイーゼ様には御子はいない。
それでも王弟殿下が他に妃を娶らず、ルイーゼ様お一人を大事にされるわけがよく分かる。
私は思い切ってルイーゼ様に尋ねてみた。
「恐れながら、ルイーゼ様は王弟殿下のどこに惹かれて、一緒にいたいと望まれのですか?」
侍女の身でこんな発言は不敬に当たるかと思うのだが、この質問をぶつけても大丈夫というくらいルイーゼ様と信頼関係を築いたつもりだ。
ルイーゼ様は少し顔を赤くされ、小声で答えられた。
「……殿下の、とてもお優しいところ。
初めてお会いした時から、今もずっと、殿下は変わらずお優しいの」
年上の御方に失礼かもしれないが、無垢な少女の様だと思う。これで体調が良ければ、輝く様な美しさだろう。
「そうですか。
殿下と初めてお会いした場所はどちらですか?」
「王宮の庭園だったわ。
私は王宮に初めて入って緊張していて、庭園なら落ち着けると思って立ち入ったら迷ってしまって。
その時に偶然お会いしたの」
「素敵な偶然ですね」
「私も夢みたいだったわ。
まさかお会いできるとは思わなかったから。
それからずっと、殿下とお話できるのが嬉しいの。お話を聞いて下さるのも嬉しくて」
『嬉しい』か……。
それがルイーゼ様の、王弟殿下との距離か。
「教えて下さりありがとうございます。
ルイーゼ様は王弟殿下と一緒に、どのようなことがなさりたいですか?」
「えっ?急に聞かれても、一緒に居られるだけで私は幸せなのだけど……」
私は微笑む。
敢えてルイーゼ様の続きの言葉を待つ。
「……できれば、殿下と並んで、また一緒に歩きたいわね」
「ルイーゼ様が心から望むなら、きっと叶います。私達がお支え致しますので、一緒に挑戦してみませんか?」
「挑戦?なんだか勇ましいわね」
「野原を駆けていらしたルイーゼ様に相応しい言葉かと思いましたが、お嫌でしたか?」
「いいえ……。
思い出したわ、私は自分を変えても、ここにいたいと思っていたのを」
私は微笑む。
ルイーゼ様なら、そう仰ると思っておりました。
「それではルイーゼ様、私と一緒に来て頂きたいところがあるのですが」
ここまでお付き合い頂きました方々、いつもありがとうございます。
完結に向けて、見届けて頂けると嬉しいです。
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