後宮13
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
術が収束する。
黄昏時はまもなく終わる。
「レイ」
聞き慣れた声が耳に届く。
後ろを振り返る。
壁の外側、離れたところに人がいた。
遠くからでもわかる銀の髪の長身の男性。
見間違えることのないその人は、何か言いたそうな顔をしていた。
本当に会えるとは思わなかった。
私が謹慎中にも関わらず部屋の外に連れ出してもらえると聞いて、もしかして彼に会えるかもしれないと期待した。
彼とは後宮に出仕する日の朝に別れたから、まだ10日程なのに、もっと長い間離れていたかのように感じる。
以前はもっと長く離れていられたのに、
どうしてそれが出来なくなりつつあるのだろう?
それは理屈ではないのだと分かっている。
離れていられる時間はだんだんと短くなり
毎日でも会いたくなって、
顔の見える位置に居るのに、
少しでも離れていればこの距離をゼロにしたいと思ってしまう。
手を伸ばして、触れたいと思ってしまう。
私は彼のアイスブルーの瞳を見る。
距離があるから、いつものように感情を察することを叶わなかった。
でも一目でも会えて良かった。
その姿を直接見れたから、また頑張れる。
私は胸ポケットにある花を取り出し、軽く口付ける。
そして、彼の方へ花を投げた。
彼が受け取る。
言葉がなくとも、この気持ちが伝わるだろうか?
手にした彼が、少し笑ってくれた。
ユリウス様ならわかってくれると思っていた。
一輪の赤い薔薇を贈る意味を。
私は彼を見下ろす。
彼と目が合う。
私は精一杯、微笑む。
彼の姿をいつまでも見ていたい、
その衝動を抑える。
私は壁の内側、フェンのところまで戻った。
フェンは私が薔薇を持っていないことを目線で確認した。
そしてゆっくりと手を差し出す。
「お嬢様がお望みなら、今から壁の外へ逃げましょうか?」
彼女はわざと悪戯な顔をしている。
ドレール領での意趣返しだと分かって、少し可笑しくなった。
彼女なりの励ましなのだろう。
「今は気持ちだけ頂きます。
私がここから逃げるのは、しばらく先になりそうです」
私はフェンの手を取る。
2人でコウのところへ向かった。
✳︎
「あーもー疲れたよー。
久々に本気出したぁー」
コウが壁から降りてきて、しゃがみ込む。
「お疲れ様、コウ。
とても格好良かったよ」
「コウ殿、素晴らしい術だった。
あの規模であの精度はなかなかお目にかかれない良きものだ」
「えっ⁈2人から褒められちゃった!
まじでー。だよねー」
コウが照れている。
彼は基本的に素直な性格なんだよね。
「コウ、疲れているところ悪いのだけど調査結果を聞いてもいい?」
「そだねー。
ヒメの予想した通りだったよ。
あと2箇所に呪詛があった。
前と同じやつ」
「ありがとう。助かったよ」
「お嬢様、これからどうするおつもりですか?
王太子殿下はお嬢様に手を貸しても良いと仰っておりますが」
「王太子殿下もこれ以上の介入は難しいでしょう。
だから大丈夫。
王太子殿下には、私が出した条件以上に配慮頂いたようだし」
「あ、ユリウスと会えたのー?」
「コウ殿、無粋だぞ」
「ふふ、2人にもまた会えて良かった。
そろそろ私は私の役目を果たすことにするよ」
「おっ!ヒメがやる気になった?」
「こんなに綺麗な術を見たからね」
「へへへー、良かった。
ブラックなヒメも良いけど、今の方もいいかも」
「ありがとう、コウ」
私は彼に手を差し伸べ、彼を引っ張って立たせる。
「お嬢様、必要ならいつでもお呼び下さいね。私は女性なので後宮に来れますので」
「ありがとう、フェン。頼りにしています。
ただ侍女達の間にフェンのファンがいるから、1人で来たら囲まれちゃうかもしれませんよ?」
フェンは少し驚いた顔をした。
自分にファンがいるとは思わなかったのだろう。
2人と出会った時は、こんな風に再会するなんて思わなかった。
私は色々な人に支えられているなと思う。
コウが施した術は2つ。
1つは後宮の外側を覆う防御の術式、
もう1つは王妃宮と王弟妃宮を浄化する術式。
浄化の術式を使う前に後宮内に呪詛の痕跡がないか調査したところ、王弟妃宮の敷地2箇所からヒトガタが見つかった。
私はヒトガタが見つかるなら王弟妃宮か王妃宮だと考えていた。
そして「今回のことは過去に起こったことが原因で、今後同様の事例が起こる危険性は少ない」
と王太子殿下に伝えた。
過去に起こったことは私の想像の段階だったが、それを聞いた王太子殿下が浄化の術式を指示したなら、私の想像は外れていなかったのだろう。
王妃宮と王弟妃宮だけ広いのは、
部屋数も多く、
現在も使われていない部屋があるのは、
そして古い呪詛の人形が見つかったのは、
それが素人の施したものだったのは、
ここがどのような場所なのか、
そしてルイーゼ様の宮が彼女のイメージと違うと感じたのは、
私の感じた違和感の答えでもある。
同時になんともやるせない気持ちになった。
誰もが誰かの幸せを祈っているのに、どうしてその気持ちが他人を害す方向へ向かうのか?
だが知ってしまった以上、何とかしたいという気持ちになった。
今まで俯瞰していた私が出した結論は、後宮の異分子である私が最も適任であるということ。
こう思えるのは、綺麗なものを見れたおかげかもしれないな。
コウの術式と、
ユリウス様が向けてくれる気持ち。
自分の中で失ったものは少しずつ埋められ、
新しい自分を形成しつつある。
私はコウとフェンと別れて、王弟妃宮の自室に戻る。
そしてこれからのことを考える。
私もそろそろ動くべきだろう。
言葉にしないなら、言葉にできないなら、できるだけ分かりやすい方がいい。
赤い薔薇のように、少しベタでも、大袈裟と思われても。
きっとあの方にも、その方が伝わるかもしれないな、と思った。
異国の姫までお付き合い頂きました方々、ありがとうございます。
完結に向けて、見届けて頂けると嬉しいです。
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