後宮10
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
侍女として王弟妃宮に来て5日目、
私は今日も仕事に精を出す。
王弟妃宮に侍女として入ってから、私は先輩侍女に付いて仕事を覚え、時間が空けば他の侍女の雑務を手伝って過ごしていた。
王弟妃宮付きの専属侍女の仕事は、主にルイーゼ様の身の回りの世話と、王弟妃宮の管理に分けられる。
ルイーゼ様の身の回りの世話は年季の長い侍女の仕事で、ルイーゼ様の着替えや食事の準備、部屋の管理等がある。
ルイーゼ様自身も、気心の知れた、信頼のある侍女の方が気が楽だろうし、ベテラン侍女が担当するのは納得である。
王弟妃宮の管理については、主に掃除が仕事になる。とにかく広くて部屋数のあるこの宮を、年季の浅い侍女達で分担して掃除する。
ちなみに洗濯と食事は後宮全体で管理されているので、専属侍女は洗濯物と食事を運ぶのが仕事になる。
私は両親が健在の時は平民のように暮らしていたので、家事は苦ではない。
だから侍女の仕事も慣れれば楽しい。
それに体を動かしていると、余計なことを考えなくて済む。
今日はルイーゼ様のお部屋の掃除だ。
これは先輩歴の長い侍女がやる仕事だ。
私は勉強のためにお供をする。
ルイーゼ様が別の部屋に移られているうちに、掃除を開始する。
部屋は毛の長い絨毯張りだ。
ふわふわだが、正直歩き難い。
掃除は丹念にゴミを取って、毛足をブラッシング、最後に薄めた洗剤で拭き取りをする。
見た目は豪華な部屋なんだけどな。
機能的でないものなので、個人的にあまり興味がない。
色々なところを掃除しながら思うことがある。
ルイーゼ様の王弟妃宮は、敷物をはじめ調度も豪華で、高価な物だとわかる。
だが、なんとなくルイーゼ様のイメージに合っていない。
ルイーゼ様は豪奢な物を好むのだろうか?
お会いした感じだと、正反対な印象を抱くのだが……。
✳︎
まもなく勤務時間が終わる頃、私は侍女頭から呼ばれる。明日からの休みについて、注意点を御教示頂くのだろうか?
専属侍女は5日勤務した後、2日間休みに入る。
この休みには事前に届出ることで、外出外泊が許されている。
私は初めての休みにクローディア公爵邸に帰る申請をしていた。
公爵邸から通いながら侍女をすると思っていたのに、急に後宮住まいになってしまったから、この機会に足りないものを取りに帰ろうと思っていた。
公爵邸の皆にも心配をかけているだろうから、説明も必要だろうし。
ところが侍女頭曰く、クローディア公爵邸に帰る申請の許可が下りなかった。「申請書類不足のため、申請許可できず」との通知だ。
侍女頭もこんなことは初めてで、どうなっているのかわからないようだ。
侍女頭を通して申請していたのに書類不足とは……そろそろ偶然ではなく、意図的なものを感じる。
私は侍女頭にクローディア家への連絡をお願いする。家の方に心配をかける事態は避けたい。
そして侍女の仕事が休みになれば会えるかもしれないと思っていた、ユリウス様のことを考える。
ユリウス様はどうしているだろうか?
多忙なスケジュールだろうから無理をされていないと良いのだけど。
彼は成婚の儀の準備で忙しい時期だろうから、私のことで心配をかけたくないのだけどなぁ。
うーん、しかし参った。
クローディア家で色々準備したかったのに、帰れないとは。
そもそも後宮で生活するとは思っていなかったから、衣類も足りないのだ。
侍女の制服や靴などは支給されるが、個人的な物は支給されない。
侍女頭に相談したら気の毒に思ってくれて、色々と力を貸してくれた。宮で使用していない布等を融通してくれ、裁縫道具も貸して下さった。
明日の休みは、これを使って今後の準備しよう。
足りない衣類はもう自分で作ろう。
これでも裁縫は得意な方なのだ。
✳︎
翌朝、私は早起きして宮の敷地を散歩する。
他の人の勤務時間に休みの私がウロウロするのは気が引けるので、人のいない早朝を狙ったのだ。
王弟妃宮は建物も広いので敷地も広い。
庭園もあるがそちらには入らず、宮の周りをぐるっと回って見た。
王弟妃宮は後宮の中でも最奥にあるから、少し歩くと後宮を取り囲む壁に行き着く。
後宮の建物の屋根よりも高くそびえ立つ壁は、侵入者を拒むためのものと分かっていても威圧感がすごい。
結局これは外からの侵入を防ぐと共に、中の人を閉じ込めるものにもなり得るのだな。
今の私のように。
自室に戻る途中で、予想外のものを見つける。
これはアロエ?キダチアロエだ。
こんなところに自生しているのか!
侍女頭に確認すると「雑草だと思っていたので好きにして良い」とのこと。
とりあえずこのアロエで化粧水を作ってみる。
トゲトゲを切って葉を剥き果肉を取り出してペースト、精製水を加えて、ヤシ油から抽出したグリセリンを加えて……。
昔、母が作っていたのを思い出してなんとか出来た。
私は結婚式を控えた身。
最低限のスキンケアはしておかないと、支度をする侍女達に迷惑をかけてしまう。
肌に少しつけてみて、かぶれないか確認する。
なんとか使えそうだ。
とりあえず何もしないよりは良いだろう。
歯ブラシやハンドクリームは持参していたけれど、その他の物はもちろん持ってきていないので、スキンケアに必要なものは公爵邸に帰った時に用意しようと思っていた。
というか、公爵邸に帰れる日がくるのだろうか?
後宮に来てから度重なることばかりで、正直帰れる気がしない。
相手は、意図的に私をここに留めたいのだろう。
そのためこの状態がいつまで続くかわからないから、アロエは増やしておこう。
野生のアロエの葉を切って、切り口を良く乾燥させる。そして鉢植えに切った葉を挿して水を湿らす程度与え、直射日光の当たらない風通しの良いところに置いて発根を促す。
根付いたら日に良く当てて成長を促す。
侍女頭に言ったら驚いていたが、アロエを植える許可は頂いた。
庭師と相談して、王弟妃宮の敷地の端に鉢植えを置かせてもらえることになった。
庭師はルイーゼ様が利用する庭園の管理が主なので、敷地の端は好きにして良いとのことだった。
数日後の勤務日の休憩時間に、私はアロエの鉢を持って敷地をうろうろしていた。
日当たりの良さそうな場所を見つけて鉢植えを置く。
よし、これでオッケー。
あと何か使えそうな植物は生えていないかな?
手荒れに効く薬草あたりがあると、ハンドクリームのかわりになるかもしれないのだが……。
シャベルを手に持ちキョロキョロしながら宮の周りを歩いていたら、敷地の一角が目に止まった。
建物の影になる一角だけ、植物が生えていない。日陰だからだろうか?
近付いてみると、なんだか空気が澱んでいるように見えた。
私は持っていたシャベルで、徐ろに土を掘る。
しばらく掘ったところで、何かがコツンと当たる。
「これは……」
古い木の破片、だが形がある。
この形は見覚えがある。
昭国の本にあったヒトガタだ。
読めないが黒い色で文字が書いてある。
それは呪詛の人形だった。
異国の姫までお付き合い頂きました方々、ありがとうございます。
完結に向けて、見届けて頂けると嬉しいです。
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