後宮9
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
「お目にかかれて光栄です、王弟妃ルイーゼ殿下。新しく侍女としてお仕え致しますアレキサンドライト・セレスです。よろしくお願い致します」
「セレス嬢、また会えて嬉しいわ。
よろしく頼むわね」
約一年半ぶりにお目にかかった王弟妃殿下ルイーゼ様は、前よりも一回り小さくおなりに感じた。
体調が思わしくないことは一目見て分かったが、本人はその辛さを表に出さない、朗らかな笑顔で応えられた。
ルイーゼ様を気遣う自分がいる一方で、
状況を冷静に分析している自分がいる。
私はこの方の不調の原因を突き止めるように望まれたのだが、もし魔法が使えたとしてもそれは難しいだろう。
この方の不調の原因を探る、適切な魔法を知らないということもある。
だが一番の理由は、不調の原因がそんな単純なものではないという可能性だ。
仮に魔法で調べて分かるような単純な理由なら、今まで妃殿下を診た専門家達が何かしらを見つけていたのではないかと思われる。
原因が複合的なら、余計に対処が難しい。
そもそも人体の不調は、そんな単純なものではないと考える。怪我などの直接的な要因があれば別だが、そうでないのなら複合的な要因が重なって不調として現れると考えるのが妥当だろう。
当初侍医は「ストレスにより体調を崩して」という診断を下したそうだが、ストレスの原因が複数あれば、対処も複数になる。
しかもそれが複合的に絡み合ったら、さらに複雑になる。
ただ安静にして、時の経過と共に回復に向かうのならまだしも、ルイーゼ様は回復に向かっているとはいえない。
それを私のような素人に頼ろうと考えるなんて、ビヴィ公爵はよほど追い詰められているのだろう。
追い詰められる者の気持ちはわかるはずなのに、私は状況を俯瞰するに留める。
以前なら誰かの気持ちに寄り添う方に迷わず動けたのに、今は動かない。
自分が揺らいでいるせいだろう。
ルイーゼ様へのご挨拶も終わり、侍女頭について王弟妃宮を案内して頂く。
ルイーゼ様は王妃陛下に次いで後宮に長くいる御方、宮もとても広かった。というか半分は使っていない部屋ばかりだった。
宮の一角には王弟妃専属の侍従と侍女達の部屋もあるそうだ。
私の部屋もあるというので案内してもらった。
クローゼット、鏡台、寝台、シャワーやトイレまである。
1人で使うには十分な部屋だった。
「今日からこちらを使って下さい」
侍女頭が言う。
「あの、私は家から通いの侍女だと聞いているのですが、こんな良い部屋をお借りしても良いのでしょうか?」
「通い?おかしいわね。
他の侍女と一緒でこちらで生活すると聞いているけれど……」
侍女頭は早速確認しに行ってくれた。
私は1人部屋に残される。
軽くため息を吐く。
単なる連絡ミスか、これもビヴィ公爵家の嫌がらせだろうか?
安易に「嫌がらせ」などと思ってしまうなんて、ビヴィ公爵家に対する私のブラックな気持ちが出てしまっているな。
ここにたどり着くまでの嫌がらせの数々を考えれば、妥当な判断だと思うけど。
いけない、いけない。
家柄で人を判断するのは愚行だ。
案内してくれている侍女頭だってビヴィ公爵家の方だろう。
親切な人もいるのだから、認識を改めないと。
しかし今回の出仕の件は、
クローディア公爵閣下から伺った話と実際の内容に相違があるな。
私が閣下より伺ったのは
・魔法が使えないので、ただの侍女として王弟妃宮に出仕すること
・通常侍女は後宮で生活するが、公爵邸から通うことを特別に認めること
・出仕する期間は第二王子の成婚の儀までとし、それ以降については状況を鑑みて、話し合いの上判断すること
もし「通い」でないとなると、クローディア家に心配させるだろうな。
ユリウス様にも……。
あ、結婚式の準備はどうなるのだろうか?
まぁ私がいなくても、問題はないと思うが。
侍女頭が戻ってきたが、案の定「通い」の侍女とは認められてないとのことだった。
新米侍女の私は、全て侍女頭を通じて手続きをしなければならない。
これは相違を指摘するのに時間がかかりそうだ。
私は一息吐いて、力無く言った。
「では家の者が心配しますので、その旨を連絡して頂けますか?
同時に雇用条件の確認を求めたいので、後宮の担当者に連絡をお願いします」
こういうことを予想していないわけではなかったが、現実になると気が滅入るな。
✳︎
王弟妃宮に与えられた部屋に荷物を納めた私は、宮にいる使用人に挨拶してまわる。
こちらの宮にはルイーゼ様の信頼の厚い侍従1人、侍女頭を含む10人の侍女と、庭師1人がいるそうだ。
ルイーゼ様が朗らかなせいか、使用人も穏やかで優しい人ばかりだった。
新参者の私にも、とても親切にしてくれる。
特に侍従、侍女頭にとって、私は孫と同じくらいの年らしく、後宮の慣例や作法を色々教えてくれた。
ルイーゼ様の侍女は私より年上ばかりなので、慣れぬ後宮暮らしに不便がない様にと、色々と世話を焼いてくれる良い方達だった。
皆ルイーゼ様が大好きで、だからこそ日に日に弱られる主君を心配していた。
話を聞いていて感じるのだが、後宮とは閉鎖された空間の様だ。
同じ王宮にいるのに、後宮に伝わる情報が少ないのだろうか?
なんというか、情報が少し古い。
王宮の情報は殆ど入ってきていないようだ。
市井の流行りについては、まずまずの精度。
茶会に比べると、そこは情報が遅い。
後宮という場所柄なのか?
意図的に政治や経済の話を控えているのだろうか?
ルイーゼ様が好まないとか?
おかげで私の家のことも、私の今までのことも、全く知らないようだ。
さらに私が侍女になった経緯も知らされていない。
私は単なる行儀見習いだと思われているようだ。
行儀見習いとは婚約者のいない令嬢が人脈作りや箔付のために後宮に礼儀作法を学びにくることを指すので、私が婚約をしていることも知らないようだ。
宮の使用人は皆「新しい侍女が1人入る」としか聞いていなかったそうだ。
しかもルイーゼ様の宮に使用人が入るのは数年ぶりということ。
つまり、今いる使用人は皆長く勤めている方々ばかりなのだ。
ルイーゼ様が長く仕えるに値する主人だということがわかる。
私の素性が知れていないことがわかり、
「それは好都合だ」
と一番冷静な自分が言った。
しかも、めずらしく私の中にいる自分達の意見が一致していた。最近まで、自分の中で口々に飛び交っていた言葉が今はピタリと止んでいる。
「ここには違和感がある、警戒しろ」
久しぶりに自分の中が落ち着いていた。
違和感を察知したから集中し始めるなんて、実に私らしいと思った。
異国の姫までお付き合い頂きました方々、ありがとうございます。
完結に向けて、見届けて頂けると嬉しいです。
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