後宮8
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
翌日、私はクローディア家を出て王宮に向かった。
王宮と言っても官吏の時とは違い「後宮外門」で馬車を下りる。
後宮に仕える者や出入りの商人は、この門を必ず通らなければならない。
後宮は王族の女性達の暮らす場所だ。
王宮には幾つもの宮があり、王族やその配偶者に個別の宮が与えられる。宮は住居であり、仕事場でもある。
そのうち女主人の宮を王宮の後ろ側に配し、特別な防御を敷いているため「後宮」と呼ばれたらしい。
出入り口が限られ敷地全体を高い壁で覆われたこのエリアは、王宮の中でも特にセキュリティが高い。
現在は王妃宮、王弟妃宮、王太子妃宮、王子妃宮の4つがある。
私は王弟妃宮以外には訪れたことがある。
その時は王宮から後宮に直接繋がる「後宮内門」から出入りした。
王妃宮には昭国の衣装を届けに、
王太子妃宮にはカグヤの支度をした際に、
王子妃宮にはミア様の秘書官をしていた時に。
どの宮もその主人の趣向が反映された空間で、仕える使用人に至るまで、妃殿下の意見が反映される。
侍女や侍従も妃殿下の名で任命されるため、妃宮専属の使用人は身元の明らかな者ばかりだ。
妃殿下自身が高位貴族の出身なので、使用人も同門の貴族の出身者が多いようだ。
だからなのか、私のように新参の侍女で妃の出身家以外の者は、特に身元確認や荷物確認が厳しく行われるようだ。
私は後宮外門の守衛の詰所で、後宮に入るための書類を記入しつつ荷物検査を受ける。
「アレキサンドライト・セレス伯爵令嬢で間違いないか?荷物が少ないな」
対応してくれた若い守衛は少し驚いたように言った。
後宮に入る際に、守衛の判断で荷物が没収されることがあるそうだ。そのため、私は少しの身の回りのものと、本を一冊しか持ってきていない。
「何か問題ありますでしょうか?」
「問題あるねぇ。君、魔法が使えるんだろ?」
後ろから横柄な態度の、別の守衛が出てきた。
先程の守衛よりは、明らかに年上だろう。
荷物検査をしていた若い守衛が道を空ける。
横柄な守衛の方が立場が上なのかもしれない。
「後宮は魔法の使用は特別な許可がないとできない。許可証は?」
「私は魔法は使えません。そのため許可証はありません」
「魔法が使えないなんて嘘は通用しないぞ」
何を言っているのだろうか?
先日王宮魔術師によって証明されているのに、周知されていないのか?
まああの場にいたのは、身分の高い御方ばかりだったしなぁ。
「何を仰っているのかわかりませんが」
「王宮で魔法を使ったと聞いているぞ。
上からも注意するように指示が来ている」
上?
ああ、上役のことか。
となれば、目の前の男は十中八九ビヴィ公爵家門の者だろう。
「過去どうだったかはわかりませんが、今の私に魔法が使えないことは上もご存知のはずですが」
「そんなことは聞いていない」
「となれば、情報伝達経路に問題があるのでは?」
「後宮がビヴィ公爵家の管轄だと分かった上で言っているのか?」
「そうですよ、察しが悪いのですね」
「このっ」
目の前の男の腕が振り上げられる。
私は冷静にその動きを見ていた。
すると一瞬で男の体勢が崩れて、地面に体が伏せる。
「だめだよー。
女の子相手に手荒なことしちゃあ」
突然現れたのは王宮魔術師の制服を身を包み、深緋の長い髪を三つ編みにした背の高い男。
コウだ。
彼は王宮魔術師として、王太子殿下の側近になったと聞いている。
彼が一瞬で守衛の男を組み伏せたのだ。
コウの体術は相変わらずすごいなぁ。
「魔法が使えないか確かめたいんでしょ?
ならこれを付ければいい」
コウが金色の細い腕輪を取り出す。
「魔力を感知すると腕輪が反応するんだ」
なるほど、私が魔法が使えるとまだ疑っている者がいるのか。
コウが私の左手に腕輪を嵌めて、小声で言う。
「ヒメ、めずらしく殺気が少し漏れてたよ。
あいつをわざと怒らせて何するつもりだったの?」
私は手に持っていたペンを彼に見せる。
後宮に入るための書類を記入するために渡されたものだ。
「こんなものでは死なないし、大した怪我にはならないかと思って」
私は真面目に言った。
「こわー!絶対急所狙ってただろ。
なんか初めて会った頃のヒメに戻ってるねー」
コウと初めて会ったのは9歳だったか。
セレス領の森で散々泣いた後から数日経ったが、私はまだ情緒が安定していないかもしれない。
たぶん自分は今、揺らいでいる。
自分の根幹にあったものを失って、自我が揺らいでいる。
魔法を、両親との絆を、失ったからだ。
ユリウス様には「もう大丈夫」と言えたし、
周囲に気付かれないように振る舞えるようになったけど、失ったものを埋めるためにはまだ時間がかかる。
だからなのか、余裕がないからか、今のように他人を好意的に見られない時がある。
特に相手がビヴィ公爵家門だと分かると、そして相手から悪意を感じてしまうと、無性に私の目の前から排除したくなってしまう。
いけない、いけない。
これから踏み入れる場所は、まさに彼らのテリトリーなのだから。
こちらに付け入る隙を与えるようなことは、控えなければ。
私は思考を切って、一息吐く。
「ふふ、助かったよ。
コウは制服似合ってるね」
私はコウの気遣いに素直に感謝する。
「どーも」
彼はいつもの調子で応えた。
私は地面に伏せたままの守衛の側に行き、腕輪を見せて、見下ろしながら言う。
「これで満足ですか?
まだお疑いなら、上の人を呼んできてもらえますか?」
地面に伏せたままの守衛は何も言わなかった。
完全にダウンしていた。
「……」
守衛が簡単にやられて良いのか?
それともコウが強すぎるのか?
これから毎日この門を通るのだから、この守衛とも顔を合わせるのだろう。
あー、気が滅入るな。
無言で見下ろしていたら、
コウが「ブラックなヒメ、こわー」って言いながら去っていった。
いけない、いけない。
私は貴族令嬢、ここは王宮だ。
感情を表に出すなんて、未熟者だぞ。
確かに、コウの言う通りブラックな自分がいる。
表面に出てきやすいので、気をつけないと。
私は荷物検査をしてくれた守衛に促され、後宮の門を潜った。
私が向かうのは王弟妃宮で、後宮を囲う壁に沿って敷地の奥へ進む。
敷地を歩いて分かったことだが、宮の大きさはみんな一緒ではないようだ。
後宮の奥にある王妃宮と王弟妃宮が特に大きい。
王太子妃宮とミア様のいる王子妃宮の倍以上ある。後宮に長くいる方々だからだろうか?
王弟妃宮に着いて名乗ると、侍女が一人、急いで出てきた。
どうも私は正規の手順をすっぽかして、王弟妃宮に直接来てしまったらしい。
本来はあの横柄な守衛が次の手続きに案内するはずだったのだろう。
大貴族であるビヴィ公爵家は後宮の維持管理、警護を取り仕切っている。
後宮への人や物の出入りの管理や、侍従侍女の勤怠に至るまで厳しく確認される。従事しているほとんどの者がビヴィ公爵家門らしい。
そんな中、対立しているクローディア公爵家の関係者である私がのこのこやってくれば、嫌味の一つも言いたくなるのかもしれないな。
だから私は自分の荷物を最低限にした。
難癖つけられて没収されても困るからだ。
いけない、いけない。
ビヴィ公爵家門に対する偏見が入っているようだ。
荷物検査をした守衛のように、職務に忠実な者もいるのだから、決めつけは良くない。
偏見は物事の見方を狂わす。
自分を戒めないと。
とりあえず私は一旦後宮外門まで戻り、正規の手順を踏んで先に進む。
しかし行く先々で難癖をつけられ、その都度秘密裏に処理しながら進むので、思ったより時間がかかってしまった。
さすがにこの先は自重しよう。
奴らを始末してスッキリしたが、ブラックな自分は今後封印だ。
私はなんとか、約束の時間までに王弟妃宮へたどり着いた。
異国の姫までお付き合い頂きました方々、ありがとうございます。
いよいよ後宮の中に入りました。
完結に向けて、見届けて頂けると嬉しいです。
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