後宮6
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
誰かが泣いてる。
小さい女の子だ。
うずくまって膝を抱えている。
孤児院の子かと思ったら、昔の自分だった。
8歳の頃の自分だ。
泣いていたのはこの頃だけだから。
「覚えている?」
振り向くと、昔の自分がいた。
9歳の頃の自分だ。
この頃の私が、一番鋭かった。
「『継承の儀』は練習では一度も成功しなかった。なぜだと思う?」
なぜ?私が未熟だったから?
「本番でなんとか成功させたのはなぜ?」
だって成功させないとセレス家が……。
家人と領民が困ってしまう。
たくさん迷惑をかけているのに。
直系は私しかいないのに。
「必死だったよね?
でも泣いてる私だと術が安定しない。
だからどうしたの?」
そうだった。
私は自分の世界を切り分けたんだ。
あの貴族達のことを思い出すと術が安定しないから、自分の世界から切り離したんだ。
伯爵家以上の貴族は私の世界とは関係ない人達にした。住む世界が違う人、雲の上の人、殿上人……つまりは自分とは関わりのない人。
「自分の認識する世界から切り離したから、術が安定した。心が平らかになった」
そうだ、
自分の最愛の人達はもういないから、自分の世界にいる残りの人を、平等に大事にすればいい。
家人と領民はとても大事。
新しい家族はセレス家に巻き込んだ人達だから大事にしなくては。
彼らが苦労なく家を継げるよう、子爵家の者になったからと人生を狂わせないように、良く適性を見極めて、私のできることをさりげなくやればいい。
私がセレス家を悔いなく手放せるように。
そうしたら平民になろう。
「自分の認識する世界の人々は平坦だった。
もちろん途中で予定外の人にも接することになったけど、あまり影響が出ないようにした。
皆横並びで、同じ位置付けのままだった。
誰も側に置かなかったのは、この世界を壊したくなかったから。
この世界にいれば、私の大切なものだけをずっと大事にできる。
それなのに『特別』ができたね。
それは雲の上の人だった」
そうだよ、
気付いてしまえば、もう元には戻れない。
「彼と一緒にいたいと望めば、いずれは近付く。
自分の切り離した世界の人達と」
そうだね、
分かっていたのに、もう後戻りできないことは。
孤児院の院長先生の身元だって、ヒントは既にあったのに、ずっと考えないようにしていた。
「近付けば、心が乱れる。
闇い気持ちを、打ちのめされた日々を、自分の無力を思い出す。
そうすれば術は安定しない。
あの日から泣かなくなった私が、同じことでまた泣いてしまったこと。
それが術が使えなくなるトリガーだった」
だからもう魔法が使えないの?
幼い頃からずっと共に在った力なのに、もう一緒にはいられないのかな?
私にとってはお父さんとお母さんとの絆だと思っていたけれど……。
「自分の世界を切り分けないで、ありのままの現実を受け入れて。
それでも心が平らかなままなら、あるいは……」
✳︎
目を開けたら、心配そうな顔があった。
銀色の髪がめずらしく乱れている。
「ユリウス……様?」
「レイ、心配した」
そう言って抱き締めてくれた。
「……心配かけてごめんなさい」
「寒くない?」
「はい、大丈夫です」
「無理して笑わなくてもいい」
「……ありがとうございます」
泣き過ぎて少し頭が痛いが、気分はスッキリしていた。
ただ失ったものが大きくて、あまり力が出ない。
辺りが暗い、ここはセレス領の森の中だ。
足元に小さな灯りがある。
ユリウス様の魔術だろうか?
彼はこんなところにまで迎えに来てくれたのか……。
だとしたら、王弟殿下から話は聞いているのだろう。
「ユリウス様、私、侍女として後宮に行きます」
「レイ、無理して行くことない」
彼の言葉が嬉しかった。
王族の命を拒むことがいかに難しいかは、彼の方がわかっているのに。
「大丈夫です。
魔法は使えませんが、侍女としてできることをしてきます」
「魔法を使う必要はないよ」
アイスブルーの瞳に心配の色が浮かんでいる。
この人は、本当に私の事ばかり案じている。
もし「私が魔法を使える」と公にされたら、
先だってライオール殿下に「セレス嬢は魔法が使えない」と報告したユリウス様に迷惑が及ぶのに。
そういうことは全く考えないで、私がまた利用されることをおそれている。
どこまで優しいのだろう。
私は彼の言葉を受けて、ゆっくりと手を出してパチンと指を鳴らす。
やはり何も起こらなかった。
「今の私は本当に術が使えないのです。
魔法は心を平らかにしないと扱えないから」
「そうか……辛かったな」
ユリウス様はそのまま抱き締めてくれていた。
人の温もりに癒されることを、改めて気付く。
✳︎
どれくらい経っただろう?
そろそろ帰らないといけないのに。
ユリウス様は明日も王宮に行かなきゃいけないのに。
私が心配かけていいわけではないのに。
私は彼の優しさに甘えているのだろう。
「レイ、俺にできることはない?」
思いがけない言葉に驚いてユリウス様の顔を見る。
アイスブルーの瞳が心配そうに見ていた。
嗚呼、私のために心を痛めてくれている。
なんて優しい、綺麗な人なんだろう。
綺麗なものに心が癒される。
また笑えるようになるだろうか?
「お言葉に甘えて、一つお願いがあります。
この辺りだけ、雪を降らせてもらうことはできますか?」
「……分かった」
ユリウス様は私を離して、少し後ろに退がる。
そして目を閉じる。
足元の灯りがフッと消える。
しばらくして暗闇から白いものがふわふわと落ちてきた。
私は空を見上げる。
暗闇の中で白い雪がゆっくりと落ちてくる光景はとても幻想的だった。
そうだ、これが見たかった。
私は昔同じ光景を見たことを思い出す。
あの時は一人だった。
綺麗だけど孤独だと思った。
今は彼と二人。
あの時よりも優しくて、やはり綺麗な光景だと思う。
雪と一緒に彼の想いも降り注いでいるようだ。
綺麗すぎて視界が滲んだ。
「レイ」
「私はユリウス様の前では泣けるようです。
だからもう大丈夫です」
泣きながら笑顔を作るなんて初めてだった。
良かった、また笑えるようになった。
これで周りに心配をかけないように振る舞える。
ユリウス様が私を優しく抱き締めてくれた、
「これからは泣きたい時は俺のところにきて」
「はい、たくさん慰めてもらいます」
私は彼にしがみつく腕を強めた。
異国の姫までお付き合い頂きました方々、ありがとうございます。
完結に向けて、見届けて頂けると嬉しいです。
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