後宮2
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
孤児院の院長室に通された私は、あまりのことに一瞬動きが止まる。
貧相な部屋に似つかわしくない、立派な身なりと貫禄の老紳士が座していた。
私はすぐに自分を戒めて、平常を装って挨拶する。
「お目にかかれて光栄です、ビヴィ公爵閣下」
院長先生の向かい側に座る老紳士は、大貴族ビヴィ公爵家の当主、ビヴィ公爵閣下その人であった。
どうしてこの場にこの方がいるのか、私は気付けたはずだ。
孤児院の院長先生は王弟妃殿下の友人、その身分を捨てて神に奉仕している元貴族。
王弟妃殿下がビヴィ公爵家の本流の家の出ならば、院長先生もビヴィ公爵家の家門の可能性が高い。
ここにクローディア公爵家に次ぐ大貴族の長、ビヴィ公爵閣下その人がいることから間違えないだろう。
「院長先生、これはどういう事でしょうか?」
しかし私は敢えて問う。
そして貴族の仮面をしっかりと被り直す。
自分に言い聞かせる。
少しでも隙を見せれば、どうなるかわかっているだろう?
「アレクさんに折り入ってお願いがあるのです。どうかルイーゼを助けて頂けないでしょうか?」
「……」
ルイーゼとは王弟妃殿下のお名前だ。
私は王家主催の夜会でお会いした朗らかや妃殿下を思い出す。
「詳しい話は儂からしよう」
ビヴィ公爵閣下曰く、ルイーゼ王弟妃殿下が2年程前から体調を崩されているとのこと。
我が国の有名な医師、薬師、魔術師に診せても状況は改善せず、今も悪くなるばかり。
そこで古代魔法が使える私に診てほしいので、後宮に侍女として出仕してほしいとのことだった。
「恐れながら、私ではお役に立てないと存じます」
「セレス嬢、これは王弟殿下からのお召しなのだ」
ああ、これは断れないのだ。
もちろん格上の貴族が出ていた段階で拒否なんてできないが、王族のお召しならこちらの選択肢はない。
見えない力で押さえ付けられる感覚が、私を苛立たせる。昔抱いた闇い感情が蘇ってきて、コントロールがだんだんと効かなくなってゆく。
「だとしても、私ではお役に立てません」
「なぜかね?」
「魔法が使えないからです」
「……君が相当な使い手であることは調べがついている。王宮には伏せているが」
私は拳に力を込める。
まだ耐えなければならない。
感情を抑えなければ。
「そのために、私をお試しになったのですか?
昭国に私の情報を流し、特使付き官吏の任を受けるように仕向けてまで」
「あれは私の指示ではない。ただ当時の王宮のパワーバランスを考えれば、セレス嬢を廃そうとする意思が、我が家門の中にあったことは確かだ」
「それを魔法が使えるとわかったら、手の平を返すのですか?
私が記憶を失くしている間に、兄を使って使い魔を仕込んでまで?
王宮魔術師に探らせてまで?
ドレール領の件では、民間の仲介者を使って術者に依頼しましたね?」
「それだけ今の我が国では魔法が使える者が貴重なのだ」
確かに魔術が発達した我が国で古代魔法が使える人は少ない。
しかしそんなことは、今の私には些細なことだった。
ビヴィ公爵家のトップとこんなに近い距離で、しかも実際に話ができる場で目の前にしてしまえば、抑えることができない気持ちが湧き上がる。
家門に連なると聞いただけで広がる嫌悪感。思い出す憎悪、絶望感、
あの頃の悔しさと、自分への無力感。
それでも私はどうにか顔に出さずにいられたらしい。
私は震えそうになる声を、力技で捩じ伏せる。
「……ビヴィ公爵閣下、ベガ伯爵家はそちらの家門でしたね?伯爵は今もご健在ですか?」
「……廃嫡して分家に継がせたよ。その理由は君もわかるだろう?」
「ならば、閣下にもお分かりのはずです。
彼らが当家に何をしたか!」
私は思わず声を荒らげてしまった。
もう止まらなかった。
「彼らは力のない家人達を虐げたのですよ!
まるでゲームに興じるかの様に。
そんな家を有する家門に協力はできない」
「君の言いたいことはわかるつもりだ。
しかしそれとこれとは話が違う」
「違わないのですよ、公爵閣下。
確かに我が家には古代魔法を使う儀式があり、私には限られた魔法が使えるとしましょう。
しかしながら魔法は安定した精神力が必要なのです。今の私には、この荒れた気持ちでは、魔法を扱うことができません」
「君には本当にすまないと思っている。儂の監督不行届だ」
「今更そう言われても遅い。我が家の家令は身体を壊して仕事を続けられなくなった」
言い切った私に後悔はなかった。
不敬罪で捕えられても構わないと思った。
「当時の宰相、ビヴィ前公爵はベガ伯爵を放置した。あまつさえビヴィ公爵閣下は我が家にした仕打ちすら利用しようとする」
本来なら、セレス家とクローディア家の立場を考えればこの様な態度は取れない。しかし今は家族の顔も、クローディア家の家族の顔も遠い。ユリウス様でさえも。
「……君が望むなら、いくらでも償おう。
だがルイーゼのことはどうか頼む」
「私に償いは必要ない。
失ったものは二度と戻らないのです」
「……」
「なぜ私若きに頼むのです?
命令すれば済むのでしょう⁈
ベガ伯爵の様に!」
「それでも頼みたいのだ。だから儂が直接来た」
私は唇を噛み締めていたらしい。
口の中に鉄の味がした。
「アレクさん、そのようなこととは知らず……本当にごめんなさい。謝って済む事ではないことは承知しています。ですが、どうか、ルイーゼのことだけは、お願いしたいのです」
「……」
ビヴィ公爵と院長先生が頭を下げている。
本来ならあり得ない光景だ。
だからなのか、少し冷静になれた。
「顔を上げて下さい。私は、私に謝ってほしいわけではありません」
二人は頭を上げた。しかし目は伏せられている。
「……セレス伯爵家とクローディア公爵家には何と?」
「今頃は、王弟殿下がご説明されている」
「先程申し上げた通り、私は限られた魔法しか使えない上、今はそれすらも使えません。
それでも王宮にお召しになるのですか?」
「君の力を貸して欲しい」
「お役に立てるとは到底思えません。
ですが、断ることもできないのですね」
「そうだ」
「承知致しました。
ただし気持ちを整理する時間を頂きたいのです。数日王都を空けたいのですが、よろしいですか?」
「引き受けてもらえるなら、出来る限りのことはしよう」
異国の姫までお付き合い頂きました方々、ありがとうございます。
完結に向けて、見届けて頂けると嬉しいです。
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