特使6 ヤン殿下
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
「アレキサンドライト、よう来タ。ここに座レ」
「ヤン殿下、何かご用ですか?」
「用がなくても座るのダ」
「では殿下、私が座っている間は王宮の使用人の立入をお許し頂いてもよろしいですか?」
「仕方がないナ。良きに計らエ」
私はヤン殿下に呼ばれると、しばらく動けない。
それがわかったので、逆に私のいる時間に、王宮の使用人が仕事できるように許可を取り付けた。
特使達の部屋の掃除や洗濯、食事の用意等は王宮側で行っている。けれども昭国側は立入を認めず、今までは取り巻き達が行っていた。
取り巻きの方々も、慣れない環境で毎日行うのは負担だろう。
殿下の身を案じて王宮側に世話をさせないという理由なら、昭国側と王宮使用人が連携して作業することで負担を減らしてみようと考えた。
殿下の取り巻きの作業分担も段々と把握してきたので、担当ごとに適切な王宮使用人とマッチングさせて作業に当たらせる。
例えば昭国の洗濯担当と王宮の洗濯担当を組ませて、2人で作業に当たってもらう等。
言葉が通じないが同じ作業なので2人で分担する者、王宮使用人にさせて昭国側が監視する者、昭国側が作業を行い王宮使用人がサポートする者など色々だが、特使に快適に過ごしてもらうという気持ちは共有できると思う。
おかげで、私が座っている間になんとか作業を終わらせてもらえるようになった。
取り巻きの方々の負担が減れば、その分王宮で快適に過ごせる余裕ができるかもしれない。
「それにしてもアレキサンドライトの髪は艶々して本当に綺麗だナ。その瞳の色も見ていて飽きなイ」
「恐れ入ります」
ヤン殿下は毎日こう言って下さる。
話し方が幼い印象なので、おそらく純粋に褒めて下さっているのだろう。物を愛でるのと同じ感覚なのかも。
言われ慣れない私もだんだんと慣れてきたが、殿下の座る位置も段々と近くなってくる。
そうこうするうちに、私の束ねている髪を殿下が手に取られた。
「母上と同じような手触りだ」
確か資料では殿下の母君は数年前に亡くなられたはず。毒を盛られて。
見た目より幼い殿下の様子を見て、ふと思った。
殿下は母君が毒殺されてから時を止めてしまったかのようだと。
我が国は陛下が健在の上、王太子殿下と第二王子殿下は同腹で仲が良い。だから王位の争いは起こっていない。
しかし昭国の王子達は皆母親が異なり、王位を狙うライバル関係にあるらしい。その争いの中で自分の母親がなくなったとすれば、心の傷の深さは計り知れないだろう。
殿下の懐かしむような仕草に、私はかつての自分を見る。亡き人を思い出している眼差しに。
だからなのか、私は殿下の手を無理に離させようとしなかった。
「アレキサンドライトの母親はどうしておル?息災カ?」
「いえ、既に亡くなっております」
「なんト!そうなのカ。それは寂しいナ」
「ええ」
「世の母も数年前に亡くなってナ。父上とは普段会えないから、母が世界の全てだっタ。母がいなくなり、世は本当に一人になってしまっタ」
「殿下、お気持ちお察し致します。私も両親を亡くしておりますので。ですが、殿下には殿下を慕う臣下の方々がおいでです。決して一人ではございません」
「そうだナ。アレキサンドライトの言う通りダ。お主は両親が亡くなってどうしたのカ?」
「私は叔母夫婦に引き取られました。だから私も一人ではありません」
「そうカ。そなたは世より年下なのにしっかりしているのも納得ダ。
世もお主の様になれるだろうカ?」
「殿下が私の様になる必要はございません。殿下のペースで、未来に向かって進まれるのが良ろしいかと」
「その未来にお主もいてくれると良いのだガ」
「誠に光栄ではございますが……私には殿下に相応しい方々が側にいる未来が見えますので、私は不要かと」
「だから、相応しいかは我が決めると言っておル!」
「これは失礼致しました。お怒りになられてお腹が空きましたでしょう?私はそろそろ昼食の準備を確認して参ります」
「アレキサンドライト、昼食を食べたらまた座るのだゾ!」
「畏まりました」
1人視点なので情報が偏っております。全体がわかるまでは読み進めて頂けると嬉しいです。
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