プロローグ1(ユリウス視点)
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こちらは「婚約破棄?その言葉ずっと待ってました!〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様〜」の続編的な位置付けです。もちろんそのままでもお楽しみ頂けます。
設定や人物像については、前作をご覧頂けるとより楽しめるかと思います。
「ユリウス、聞いた?一ノ宮に女の子が入った件」
第二王子ライオール殿下が面白そうに尋ねる。
「知らないです」
俺は素っ気なく答えた。
「なんか若くて可愛らしくて、下級官吏の男の間で人気らしいよ。見に行かない?」
ライオール殿下が楽しそうに言う。
「行きません」
「ユリウスはセレス嬢以外の女の子に興味ないもんねー。ロバートと見に行こうかなー」
「ダメです。殿下は今日分刻みのスケジュールですから」
「えー」
その頃の俺はレイと互いの気持ちが通じ合ったことで、内心浮かれていた。
「レイ」ことアレキサンドライト・セレス伯爵令嬢は、俺より3学年下で王立学園の後輩に当たる。
在学中は交流のなかった彼女だが、ある事件がきっかけで興味を持ち、ようやく告白できて彼女も応えてくれた。
初めて自分から求めた人が、自分のことを想ってくれているという事実に、満たされる気分だ。
そのため、レイには『相手の居場所がわかる術』をなるべくかけないことにした。
術がなくても、理由がなくても、俺はいつでもレイの側にいけるのだから。
後々、俺は浮かれて、この時一ノ宮に行かなかったことをとても後悔する。
✳︎
「最近、王宮が騒がしいな」
数週間経った翌る日、俺はロバートと三ノ宮の廊下を歩いていた。
「ああ、一ノ宮のアレクのことだろう?他の宮の奴らが欲しがっているそうだよ」
「へえ、他の宮が下級官吏を欲しがるなんて、相当優秀なやつなのだろうな」
「そうだね。私も噂で聞いた限りだけど、とても有能らしい。なんでも他の宮との折衝が上手いとか」
「下級なのに珍しいな」
下級官吏は身分を問わないので平民出身者が多い。
貴族の官吏がいる他の宮と折衝しても上手くいかないことが多いのに。
「宰相閣下の政策も順調だね。今年の下級官吏は孤児院関係で、既に色々と成果を挙げているとか。下級官吏用の宿舎を改装しているのもそのためだろうし、次年度は官吏登用枠を拡大するようだしね」
「王弟殿下が歩み寄ったからな」
「へえ、伝統を重んじる王弟殿下が!
どんな心境の変化があったのだろうね」
ロバートは不思議そうに言う。
俺は叙勲祝賀会の夜を思い出した。
王弟殿下の心境の変化は、レイと話したからだろうか?
レイとは無事に婚約し、俺は安心しきっていた。
王都にいてくれるし、会いに行けば喜んでくれる。
婚約発表はまだだが、彼女も成婚に向けて身の周りを整理しているようだし、学園を卒業しているから他の男に言い寄られる心配もない。
だから婚約した後、レイと領地に行った時以外は『相手の居場所がわかる術』をかけていなかった。
✳︎
数ヶ月後、ライオール殿下が一ノ宮に行くと言い出した。
なんでも殿下の婚約者ミア様が、噂の下級官吏のことを耳にしたらしく、様子を教えて欲しいと殿下に頼まれたらしい。
「下級官吏ながら優秀で気が利き、他部署との調整が上手い」との噂で、ミア様は秘書官としてできれば引き抜きたいとのこと。
後宮にまで噂が広がるということは本当に優秀な人材なのだろう。これは仕方ないので、俺とロバートはライオール殿下に同行することにした。
噂のアレクとやらは日中は外出していることが多く、朝か夕方に一ノ宮にいるらしい。明日王宮は休みなので、今日の夕方に様子を見に行くことにした。
先ぶれをだそうとしたが、殿下が「一ノ宮にいる唯一の女子なのだから、行けばわかるだろう」と言う。
「え?アレクは男ではないのか?」
「今年入った唯一の女性官吏だぞ。男性のような名前だから、勇ましいのだろうな」
記憶を遡ると、以前殿下が見に行きたがった女性官吏のことだと思い当たる。
俺は名前の印象から「アレク」を男性かと思っていた。
しかし女性で「アレク」という愛称には聞き覚えがある……。
嫌な予感がした。
一ノ宮はその業務内容から、五ノ宮の俺達とは直接関わりがない。宮同士の距離もあり、俺は一度も踏み入れたことがなかった。
下級官吏は平民出身のためか、第二王子殿下の顔を知らない者も多い。というか、第二王子がわざわざ平民向けの部署に来るとは思っていないのだろう。
「アレクに会いに来た」と言ったら、部署の者が渋々案内してくれた。他部署から同じ様に見学者が来るので、下級官吏としては団結してアレクを守ってるのだとか。
優秀とはいえ、たった1人の官吏が王宮内にこんなに影響を与えるなんてこと、今まであっただろうか?
案内された先では、数人の官吏が書類を確認しているところだった。
下級官吏の制服姿の中で1人だけ華奢な体躯。複数の官吏がいる中で、明らかに雰囲気が異なる。
艶やかな黒髪は長く、後ろで1つに束ねている。
見覚えのある、いや、見間違えるはずない、その姿は、
「レイ」
俺は思ったより大きな声が出たらしい。
場がシンとなり、皆が手を止めた。
俺の声に振り返るその人は、見知った顔だった。
下級官吏の制服を纏い、一見少年にも見える中性的な顔立ち。深い緑色の理知的な瞳が、こちらを捉える。
彼女は我々を視認して、優雅に礼をとった。
それは貴族として教育された洗練さ。
「ご機嫌よう、ライオール殿下、リブウェル公爵子息、クローディア公爵子息」
まさかこの場所で会うとは思わなかった。
アレキサンドライト・セレス伯爵令嬢、17歳。
俺の婚約者が微笑んでいた。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
彼らが巻き込まれるアレコレにお付き合い頂けると嬉しいです。
前作からお付き合い頂いている方々、新しく見つけて頂いた方々、彼らを見届けて頂けると嬉しいです。