70.犯罪組織 【灰狼団】
―― 地上 都市の貧民街 ――
~ ロフィ視点 ~
中級聖職者として貧民街の支援活動を始めて三日目。貧民街での支援活動は、思った以上に神経を使う仕事だった。
炊き出しの列を整理し、簡易診療所の進捗を確認し、修繕が必要な建物のリストを更新する。その合間に、治安維持のために巡回を行わせる。中級聖職者になった最初の任務としては、かなり実務的で現実的だ。壁は薄い木板、椅子はガタガタ、外からは怒鳴り声と金属音。これが貧民街の日常だ。
「――以上です。現在、貧民街最大の犯罪組織は《灰狼団》。構成員は百名以上。賭博、用心棒、運送請負、裏の金融。麻薬は扱っていません」
報告役の同僚がそう締めくくると、場が一瞬ざわついた。
「え、麻薬やってないの?」
「犯罪組織なのに?」
俺は黙って続きを促す。報告役は咳払いをして続けた。
「住民からの評判は……意外にも悪くありません。暴力沙汰はありますが、身内同士か、ルールを破った者に限定されています。外部の犯罪者を排除している、という証言も多いです。人情が厚い、という評判もあります。孤児が出れば教会に連絡が行くよう、裏で手を回しているとも」
その瞬間、リーナが勢いよく手を挙げた。
「はいはいはーい! でも犯罪組織は犯罪組織ですよね!? 潰せば治安良くなるんじゃないですか?」
「結論から言う。俺は反対だ」
「即答!?迷いゼロですねロフィ!」
リーナが目を見開いて大げさにのけぞる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 犯罪者ですよ!? 教会としてはアウトじゃないですか!」
「短絡的だな」
「なっ!? 何よその目! 正義の教会として当然の意見でしょ!」
「正義は現実を無視すると、人を殺す」
俺は机に肘をつき、指を組んだ。
「いいか。貧民街に秩序をもたらす手段は三つしかない。国家権力、宗教権威、そして暴力だ」
同僚たちの顔が引き締まる。
「国家はここを切り捨てている。教会は孤児は救うが、大人までは手が回らない。残るのは何だ?」
「……犯罪組織、ですか」
「そうだ。そして、リーナ。この貧民街に孤児がいない理由は何だと思う?」
「……教会が保護してるから、でしょ?」
「それも一因だ。でも、もう一つある」
俺は崩れた壁の向こう、貧民街の奥を見渡す。
「無秩序な犯罪が、抑えられているからだ」
同僚たちが息を呑むのが分かる。
「《灰狼団》は、この区域で“勝手な犯罪”を許していない。盗むなら理由を示せ、暴力を使うなら責任を取れ。掟を破った者は、教会よりも先に制裁される」
「それって……」
リーナが眉をひそめる。
「悪い人たちだけど、街を守ってるってこと?」
「皮肉だが、そうだ」
「彼らがいるから、外部の盗賊団や麻薬商人が入り込めない。結果として、街は“最低限の秩序”を保っている」
「……でも犯罪は犯罪よ!」
「だから潰す? じゃあ聞くが、潰した後は誰がこの街を管理する?」
リーナは口を開きかけて、閉じた。
「教会の人員は有限だ。ここ全域を常時監視するには足りない。空白ができれば、もっと悪質な連中が入ってくる」
孤児は教会が積極的に保護しているが貧しさと犯罪は別問題だ。貧民街の住民は仕事を失った者、帰る場所をなくした者、法の網からこぼれ落ちた者たちが、ここで必死に生きている。それは、机上の空論ではなく、俺がこれまで見てきた現実だった。同僚の一人が恐る恐る言う。
「つまり……《灰狼団》がいるから、治安が“まだマシ”なんですね」
「正解だ。《灰狼団》がいるから無秩序な暴力が、統制された暴力に置き換わっている。住民が夜に眠れているのは、彼等のおかげだ。」
俺は頷いた。リーナは納得いかない顔で腕を組み、唸る。
「……なんか悔しい」
「感情論で世界は回らない」
「ロフィが言うとムカつく!」
俺は報告書を閉じ、結論を口にする。同僚の一人が恐る恐る口を開いた。
「では……ロフィ様は、その組織をどうするおつもりで?」
俺は口角をわずかに上げた。
「使う」
「うわ、出たロフィさんの怖い発言!」
リーナが即座にツッコミを入れる。
「ちょっと待ってくだい! それ完全に裏社会とズブズブになるやつじゃないですか!」
「ズブズブにはならない。利害関係を結ぶだけだ」
「言い方変えてもダメです!」
俺は立ち上がり、窓の外を見る。汚れた路地、痩せた大人たち、目だけが鋭い子供……いや、孤児はいない。全員、どこかの大人の子だ。
犯罪組織は、善でも悪でもない。ただ、生きるための構造だ。
「彼らはこの街を守りたい。俺たちは治安を改善したい。目的は似ているが、手段が違うだけだなら、話をする価値はある」
「トップに会うってこと?」
リーナが目を丸くする。
「そうだ。《灰狼団》のトップと、直接会う」
「……命知らずすぎない?」
「合理的だ。トップを押さえれば、組織は動く。逆に言えば、トップと合意できれば、街は一気に変わる」
教会の権威だけでは、この街は救えない。だが、既に根を張っている存在を“味方”にできれば話は別だ。
「しかしロフィ様。教会が犯罪組織に好意的な接触をするなど、教会内で問題になる可能性が高いです。教会は正義の象徴です。裏社会と手を組むなど……」
「わかっている。心配するな。すべての責任は俺がとる。‥‥準備を整えろ。交渉の場を設ける」
リーナは深く息を吐き、苦笑する。
「……ほんと、ロフィって怖いわ」
「褒め言葉として受け取っておく」
「違う意味でよ!」
そのツッコミを聞きながら、俺は貧民街の奥へと視線を向けた。正義の看板を掲げたまま、裏側にも手を伸ばす。それができるなら、この貧民街は、確実に変えられる。




