49.眠る弟子と、考え込む神 (イラストなし)
―― 地上 都市郊外 ――
魔獣が完全に沈黙した瞬間、俺は結界の内側に立つレオンの姿を見つめていた。剣を支えに、かろうじて立っていた彼の身体が、ふっと力を失う。次の瞬間、レオンは前のめりに倒れ、そのまま地面に崩れ落ちた。
「……意識を失ったか」
当然だ。あれほどの精神攻撃、肉体損耗、さらには左腕の欠損。人間であれば、立っている方がおかしい。結界が解かれたのを合図に、外で戦いを見守っていた者たちが一斉に駆け寄った。最初に飛び込んできたのはカイルだ。
「レオン!!」
彼は鎧のまま膝をつき、友の名を叫ぶ。国の重鎮たちも遅れて近づき、言葉を失ったままレオンの惨状を見下ろしていた。誰もが理解したはずだ。この戦いが、どれほど常軌を逸していたかを。
酷い有様だ。全身は裂傷と打撲のアザ、マナの過剰使用による反動で、生命力そのものが削られている。そして左腕の肘から下が、確かに失われていた。
「生きているか!?」
「脈は……ある、が弱い!」
俺は歩み寄りながら、その光景を静かに見下ろしていた。その時、俺の配下である天使が静かに前へ出る。その顔には一切の焦りはない。
「主よ、治療を開始します」
「任せよう。第8階だ。全力でやれ」
天使は頷き、両手をレオンの断たれた左腕へとかざした。次の瞬間、空間そのものが淡く輝き始める。
第8階魔術――《完全再生》。
これは単なる治癒ではない。失われた肉体を、魂の情報を基に“再構築”する領域の魔術だ。人の身で使える者は存在しない。光の粒子が集まり、骨が、筋肉が、血管が、皮膚を順を追って形成されていく。
カイルが息を呑む音が聞こえた。重鎮たちは言葉を失い、ただ奇跡を見るような目でそれを見守っている。やがて光が収束し、そこには何事もなかったかのように、レオンの左腕が存在していた。
「……治療完了」
天使の声に、場の空気が一気に緩む。
「すぐに医務室へ。生命活動は安定していますが、精神の消耗が激しい」
「うむ」
数人の兵がレオンを担ぎ上げ、医務室へと向かう。カイルはその後ろ姿を、祈るように見つめていた。
俺はその光景を見送りながら、ゆっくりと腕を組む。それにしても。今回、俺が本当に驚いたのは、レオンの生存でも勝利でもない。あの戦闘の最中、彼が見せた“技術”だ。
「……魔術を、剣に纏わせたか」
正確に言えば、ただマナを流しただけではない。第5階魔術《雷衝撃》を、剣という物理媒体に“定着”させ、なおかつ自身の身体能力と、敵から受けたマナ干渉すら力に変換していた。
通常、魔術とは発動者の外側へ放たれるものだ。肉体や武器に直接纏わせれば、制御を誤った瞬間に自壊する。だがレオンは剣を“自分の延長”として認識していた。レオンのマナ操作は数年修行して無限マナを手にすれば魔法を手に入れるかもしれない。
「剣を媒介にした疑似マナ回路……いや、それ以上だな」
彼は無意識に、自身のマナ、精神力、魔獣から受けた力これらを一つの流れとして束ね、剣へと通していた。これは理論上は可能だ。だが、理論を実践できる人間は存在しないと、俺は考えていた。
人間の精神は脆い。複数の力を同時に扱えば、必ず均衡を崩す。だが、レオンは違った。
「……あいつ、自分の心が壊れかけているのを理解した上で、それでも制御していたな」
不器用で、だが人情に厚い。誰かを犠牲にすることを嫌い、自分を削る選択を平然と選ぶ。その性格が、あの技術を成立させたのだろう。精神攻撃にさらされ、幻覚と幻聴に侵されながらも、彼は「自分が今、何を感じているか」を否定しなかった。
恐怖も、怒りも、痛みもすべてを力として受け入れ、剣に流し込んだ。
「……人の身で、神域に片足突っ込んでいるぞ」
思わず、苦笑が漏れる。育てた覚えはある。だが、ここまでとは思っていなかった。医務室の扉の向こうで、レオンは静かに眠っている。何も知らず、ただ戦い抜いた代償として意識を失っているだけだ。
だが目覚めた時、彼はさらに強くなる。剣に魔術を纏う。それは、彼だけの戦い方になるだろう。
「まったく……困った弟子だ」
そう呟きながらも、胸の奥に湧く感情を否定できなかった。誇らしさと、わずかな恐れ。人は、ここまで至れるのか。
俺は天井を見上げ、静かに息を吐いた。この世界は、まだまだ予想を裏切ってくれそうだ。




