48. レオン VS 魔獣 ③
―― 地上 都市郊外 ――
~ レオン視点 ~
視界が滲んでいた。いや、正確には、滲ませられていた。耳元で誰かが囁く。幼い頃に死んだはずの母の声、剣を教えてくれた師の怒号、そして自分自身の、弱さを責める声。
「もうやめろ、レオン」
「お前には無理だ」
「ここで終わりだ」
幻聴だと、頭では理解している。それでも言葉は刃のように精神を削ってくる。足取りが重い。剣を握る指に力が入らない。魔獣の姿が二重に、三重に揺らぎ、どれが本物か判別できなくなる。魔獣の一撃を受け流しきれず、衝撃が腕を通して全身に走った。骨が軋み、肺の空気が一気に吐き出される。地面を転がり、土と血の味が口に広がった。
体が悲鳴を上げている。精神は、もっと酷い。魔獣は嗤っていた。いや、実際に嗤っているのか、それすら分からない。ただ、嘲笑の感情だけが直接、脳に流れ込んでくる。
『弱い』
『壊れていく』
『お前は独りだ』
膝をついたまま、視界が暗転しかける。このまま意識を持っていかれれば終わりだ。僕は、拳を握った。そして、そのまま自分の顔を殴りつけた。
鈍い音と共に、激痛が走る。鼻血が垂れ、視界に赤が混じる。だが、その痛みは確かに“現実”だった。
「……目を覚ませ。」
もう一度、今度はためらいなく殴る。幻覚が揺らぎ、幻聴が一瞬だけ途切れた。痛みは裏切らない。自分がまだ生きている証だ。呼吸を整えて剣を握り直す。
魔獣の力が、肌を刺すように感じられる。暴力的で、混沌としたマナ。その中に混じる精神干渉の波動が、再び意識を侵食しようとする。なら、利用させてもらう。
僕は自分の内側に意識を集中させた。これまで積み上げてきた鍛錬、剣技、マナ制御。その全てを一つに束ねる。
「……第5階魔術 《雷衝撃》」
天から落ちたかのような雷光が、僕のマナに応じて形を変え、剣へと収束していく。刃に青白い稲妻が絡みつき、空気が震えた。剣が唸り僕の腕も悲鳴を上げる。それでも構わない。雷が剣を伝い、青白い光が辺りを照らす。その光に、僕自身の力、精神の力、そして魔獣から受けた力も乗せる。
「行くぞ……!」
踏み込み一瞬で距離を詰める。魔獣が咆哮し、爪を振るう。しかし、その動きが“見えた”。精神攻撃の隙間、ほんの一瞬の殺意の流れ。その中心を、僕は斬り上げる。
剣を振り抜いた。雷光が弧を描き、魔獣の巨体を深く切り裂く。肉が裂け、焦げ、血とマナが噴き出した。魔獣は絶叫した。怒りと痛みが混ざり合い、周囲の空気が歪む。
次の瞬間、動きが変わった。速い。先ほどまでとは別次元だ。連続する爪撃、地面を砕く踏み込み。さらに精神攻撃が強まり、無数の幻影が俺を囲む。
「……まだだ」
僕は歯を食いしばり、剣を振るい続けた。精神攻撃が波のように押し寄せる中、剣だけは離さない。剣と魔獣の爪が交錯し、火花が散る。地面には深い溝が刻まれ、空気が震え、結界内の空間まで歪む。互いに傷を重ねながら、攻撃を繰り返す。だが致命傷は避けられなかった。
魔獣が一瞬の隙をつき、左腕に牙を食い込ませて肘から下が消えた。痛みと血の感覚が、意識を揺さぶる。左腕がない……だが、片腕でもまだ立てる。血の味が、怒りと決意に変わる。
(僕は……まだ終わっていない!)
魔獣は勝ち誇ったように吼える。だが、僕は笑うしかなかった。笑う。血まみれの顔で。
「来い……僕は負けない!」
剣を握る右手に全てを込める。斬られ、斬り返す。血が飛び、視界を染める。互いに、傷が増えていく。呼吸は荒く、動きは鈍くなっていく。それでも、僕は一歩も引かなかった。
「……終わらせる」
歯を食いしばり、剣を振り幻覚ごと、攻撃を捌く。本物の殺意だけを感じ取れ。余計な声は、全て無視しろ。一撃受けるたびに体が軋む。精神が削られる感覚に吐き気がする。
それでも、一歩も退かない。魔獣の動きが、わずかに鈍った。大きな傷が確実に効いている。
「終わりだ……!」
最後のマナを剣に注ぎ込む。稲妻がさらに強く輝き、刃が光そのものになる。渾身での横の一閃。魔獣の核を、正確に捉えた。光が炸裂し、衝撃が全身を吹き飛ばす。次の瞬間、重たい音を立てて、魔獣の巨体が崩れ落ちた。
剣を支えに立ったまま、僕は荒い呼吸を繰り返す。全身が痛い。精神も、擦り切れる寸前だ。それでも立っている。
「……勝った、か」
そう呟いた時、初めて実感が追いついた。僕は、魔獣を倒したのだ。結界の外から、歓声が聞こえた気がした。だが今は、それすら遠い。
剣を下ろし、空を見上げるがすぐに意識が遠のくのがわかった。




