44.最後の試練
―― 地上 王城の会議室 ――
~ レオン視点 ~
レオンという名が国中に知れ渡ってから、まだ十日も経っていない。だが、その 十日間で国は確実に歪み始めていた。
王城の会議室。重厚な円卓を囲み、王様、宰相、騎士団長、筆頭貴族たち、そして、僕が座っている。かつて平民だった自分が、ここにいる事実が、今の混乱そのものを象徴しているようで胸が重かった。
「……状況は想像以上に深刻だ」
宰相が低く告げる。机の上には報告書が山のように積まれていた。
「レオンを“民の英雄”として祀り上げる集団が各地で発生しています。中には自警団を名乗り、武装を始めている者たちも……」
「僕のせい、ですか」
「原因の一端であるのは否定できぬ」
王様は疲れた目で頷いたが、すぐに首を横に振る。
「だが、責はお前にはない。民は希望を求めている。それが行き過ぎているだけだ」
目の前の報告書や地図、都市の様子を示す資料には、熱狂的な民衆の集団行動が詳細に記されていた。レオンの胸中で複雑な感情を抱いていた。英雄として称賛されることの喜びと、無自覚のまま生じている危険との狭間に、葛藤があった。
騎士団長が腕を組んで言う。
「問題は、連中が“戦争を起こせばレオンがさらに活躍できる”と本気で信じている点だ。国境付近で不穏な動きも確認されている」
背筋が冷えた。僕を英雄にしたいがために、戦を望む。そんな歪んだ熱狂を、僕は一度も望んだことがない。
「僕が、前に出ます」
だが宰相が即座に首を振る。
「危険すぎます。今のレオンは“象徴”だ。何かあれば、火に油を注ぐ」
会議室の空気が重く沈んだ、その瞬間だった。天井から降り注ぐ、純白の輝き。
言葉を失うほどの神聖さに、全員が一斉に立ち上がり、次の瞬間には跪いていた。僕も反射的に片膝をつく。光の中から現れたのは、以前、玉座の間で見た存在。背に広がる白銀の翼。冷静で、感情を感じさせない瞳。
「――天使様……」
誰かが震える声で呟いた。天使様は一歩前に出ると、僕をまっすぐに見つめた。
「レオン。汝に与えられた力が、今、世界を揺らしている」
喉が鳴る。だが、目を逸らすことはできなかった。
「汝が次なる位階。オーブマへ至る資格を持つかどうか。神はそれを見極める」
会議室がざわめく。王様も、貴族たちも、言葉を失っていた。
「試練の内容を告げる」
天使の声は静かだが、否応なく心に染み込む。
「汝は、力を振るわずして混乱を鎮めよ。武力の行使は禁止される。汝の名を掲げる者たちを、剣ではなく言葉と選択で導け」
天使様は続ける。
「三つの条件を課す。
一、汝を神格化する民衆の暴走を止めること。
二、戦争を望む動きを完全に沈静化させること。
三、真の覚悟を問う戦闘試練。力だけでなく、心と倫理を持って戦うことがで きるか。剣とマナ、そして存在そのものが、そなたの覚悟の証となる
重い。だが、逃げ場のない、正真正銘の試練だ。
「期限は一ヶ月。失敗すれば、汝はこれ以上の位階を望めぬ」
天使様の視線が、わずかに柔らいだ気がした。
「成功すれば、汝は真に“導く者”として認められる」
光が薄れ、天使様の姿が消える。残されたのは、呆然とした沈黙だった。
「……無茶だ」
騎士団長が呻くように言った。
「武力なしで民を抑えろだと? それも今の熱狂を?」
宰相も険しい表情で僕を見る。
「正直に言えば、成功の保証はない。下手をすれば、逆に内乱を招く」
王様は僕を見つめ、静かに問うた。
「レオン。お前はどうする」
視線が、僕に集まる。怖くないと言えば嘘になる。だが、胸の奥に、確かな感情があった。
「剣で英雄になった。でも、それだけじゃ足りないってことですよね。僕の名前で人が死ぬくらいなら、英雄なんていらない。試練、受けます」
王様が目を細め、ゆっくりと頷いた。
「ならば、国として全力で支援しよう」
騎士団長も、苦笑しながら肩をすくめる。
「まったく……とんでもない副団長だ」
僕は小さく笑った。戦わない戦い。剣を抜かない試練。だが、きっとこれは。僕が本当に越えなければならない壁なのだ。
オーブマへの道は、血ではなく、選択の先にある。




