41.表彰
―― 地上 玉座の間 ――
~ レオン視点 ~
玉座の間に足を踏み入れた瞬間、空気が変わったのが分かった。高い天井に反響する足音、磨き上げられた大理石の床、左右に並ぶ筆頭貴族たちの視線。どれもが、かつて酒場で皿を運んでいた俺には不釣り合いな場所だ。
正面には、王が座していた。金と白を基調とした玉座。その威厳に満ちた姿は、戦争前の混乱を思えば、信じられないほど落ち着いて見える。
「前へ」
王の声に促され、僕はゆっくりと進み出た。中に突き刺さる視線が、重い。
好奇の目、敬意、疑念、その全てを感じ取れる。
(僕は……ここに立つ人間だったか?)
そう思いながらも、膝をつき、頭を下げた。
「顔を上げよ、レオン。この戦争、我が国が勝利を得た最大の要因は、お前の働きに他ならぬ」
その言葉に、ざわりと空気が揺れる。左右の貴族たちが、一斉にこちらを見た。
「補給基地の襲撃、敵軍主力の混乱、そして、敵王族にして総大将の討伐。いずれも、並の騎士では成し得ぬ偉業だ」
王の声は、玉座の間に響き渡る。胸の奥が、じんと熱くなる。
「……身に余るお言葉です」
そう答えるのが精一杯だった。その時、一人の筆頭貴族が一歩前に出た。銀髪の老貴族、軍を束ねる名門の当主だ。
「陛下のお言葉通り。平民出身でありながら、マナに恵まれぬゼマロであった少年が、今や国を救った英雄。歴史に残るでしょう」
「彼の剣技は、我が家の騎士団でも語り草です。マナに頼らぬ戦い方いや、マナすら利用する剣。新しい時代の象徴と言えましょう」
称賛の言葉が、次々と重なる。僕は、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
(……死んでいった仲間たちが、これを聞いたら何と言うだろう)
誇らしさと同時に、胸の奥が痛む。だが、王はそれを見透かしたように、静かに言った。
「レオン。そなたの功績は、そなた一人のものではない。共に戦い、命を落とした者たちの誇りでもある」
「……はい」
王は一度頷き、表情を改める。
「よって、ここに褒美を与える」
玉座の間が、静まり返る。
「レオン。そなたを、王国騎士団副団長に任命する」
一瞬、意味が理解できなかった。
「……副団長、ですか?」
「そうだ」
王はゆっくりと続ける。
「現騎士団長は、長年国に尽くしてきた功労者だが、あと数年で引退を表明している。その後を継ぐ者として、今から国の柱を担ってもらう」
ざわめきが広がる。だが、反対の声は上がらなかった。
「剣の才、戦場での判断力、人の上に立つ覚悟。そなたはすでに、それを示した」
僕は、拳を強く握った。
(……副団長。守る立場に、なるということか)
「命じる。これからは、一人の剣士としてではなく、騎士団を導く者として剣を振るえ」
その言葉は、重かった。しかし、逃げる気はない。
「謹んで、お受けいたします」
そう答えた瞬間、玉座の間に拍手が響いた。貴族たちが、騎士たちが、俺を称えている。その音を聞きながら、俺は心の中で誓った。
(この地位は、僕のためじゃない。死んでいった仲間たちのため、そして、これから剣を取る者たちのために)
玉座の間は、まだ祝福の余韻に包まれていた。その時だった。空気が、変わった。音が消えたわけじゃない。だが、玉座の間に満ちていたすべての気配が、一瞬で“押し下げられた”。
天井の中央、光が歪む。次の瞬間、白銀の輝きが降り注いだ。
「――天……使様……?」
光で編まれたような純白の翼を背に持つ存在が、ゆっくりと宙から降りてくる。その姿を見た瞬間、玉座の間にいた全員が理解した。これは、人の上に立つ存在だと。
「伏せよッ!」
誰かが叫ぶより早く、王が玉座から降り、床に膝をついた。それに続くように、筆頭貴族たち、騎士たち、近衛兵、全員が一斉に跪いた。天使が僕の前で足を止めた。
「レオン。顔を上げなさい」
恐る恐る、顔を上げる。視界の先には、穏やかに微笑む天使の姿。背中に、王や貴族たちの驚愕と困惑が突き刺さるのを感じた。
「あなたの戦いは、天上からも見ていました」
天使様の言葉に、喉が鳴る。
「スカマの身で、オーブマの王族を討ち、数多の魔力を受け止め、剣で返し続けたその姿……人の域を超えています」
天使様は、ゆっくりと手を伸ばした。
「よって、神の名において、あなたに褒美を与えましょう」
次の瞬間、胸に熱が走った。
「――っ!?」
心臓を掴まれたかのような感覚。だが、苦しくはない。むしろ、満たされていく。
光が、天使の手からマナが僕の体へと流れ込む。今までとは、桁が違う。
体の奥、剣を握る指、視界、呼吸、すべてが研ぎ澄まされていく。
(……これが……)
理解した瞬間、全身を駆け巡る感覚が変わった。今まで感じていたスカマの魔力が、その上位へと明確に、質を変える。
「あなたは今、この瞬間をもって、レズマです」
玉座の間が、ざわめいた。
「レ、レズマ……!?」
「天使様が……直接……?」
跪いたままの貴族たちが、信じられないという声を漏らす。王ですら、言葉を失っていた。レズマは、貴族という限られた家系にしか生まれない魔力。それを、天使が直接与えるなど、聞いたことがない。僕自身が、一番混乱していた。
「……僕が……?」
「はい」
天使様は頷く。
「あなたは、力を与えられた者ではありません。力を“掴み取った者”です」
その言葉が、胸に深く刺さった。
「ゆえに、このマナは祝福であり、責任でもあります」
「ありがとうございます。」
天使様は一歩下がり、玉座の間全体に声を響かせた。
「王よ、貴族たちよ。この者は、神と天使の祝福を受けた戦士です」
王が、震える声で答える。
「……は、はい……我が国にとって、この上なき……光栄……」
天使は満足そうに頷き、再び僕を見る。
「レオン。あなたの剣は、まだ先へ行きます」
そう言い残し、天使の姿は光の中へと溶けていった。




