40.戦争⑥ (イラストなし)
―― 地上 戦場に草原 ――
~ レオン視点 ~
作戦会議用の天幕の中は、空気が張り詰めているのがわかった。長机を囲む将校たちの表情は硬く、誰一人として冗談を口にする者はいない。地図が机の中央に広げられていた。国境付近の丘陵、草原、森、そして禁忌国家側の進軍路。赤と青の駒が、互いに睨み合うように置かれている。
「……次の戦いだが」
軍の総司令官が、低く切り出した。
「敵軍は、王族の総大将を前線に出す」
ざわり、と小さなざわめきが走った。王族。それは、あの国で最も多くのマナを持つ存在。スカマどころではない、格が違う。
(本当に……出てくるのか)
僕は唾を飲み込んだ。今まで戦ってきた貴族騎士たちとは、別次元の相手だ。
「総大将が出る以上、敵も決戦のつもりだろう。正面戦力は、こちらとほぼ互角。下手に奇策を打てば、主力が崩れる」
誰も、確実な勝ち筋を見いだせずにいる。その時、副官の一人が口を開いた。
「……ならば、総大将を狙うべきです。本隊同士が正面でぶつかっている間に、別動隊を出す。混戦の裏で、敵の首を取る」
机の上に、別の駒が置かれた。森を抜け、丘の裏から回り込む経路。危険すぎる。
だが、理にはかなっている。
「問題は、誰が行くかだ」
司令官の言葉に、天幕内が静まり返る。別動隊は少数精鋭。失敗すれば、生きて帰れない。その沈黙の中で、いくつもの視線が僕に向けられているのを感じた。
「……レオン。お前の剣は、証明された。元ゼロマでありながら、スカマ、さらには貴族騎士すら倒している。別動隊の要になれるのは、お前しかいない」
言い返そうとした。英雄なんて柄じゃない。僕はただ、生き残ってきただけだ。だが、口を開く前に思い出した。補給基地。カイルの血。
(……逃げる理由は、もうない)
「……僕は行きます」
自分の声が、意外なほど落ち着いて聞こえた。司令官は頷き、地図を指差す。
「本隊は、ここで敵主力と衝突する。激戦になればなるほど、総大将の護衛も前に引き出される」
別動隊の駒が、敵陣の奥へ進む。
「その隙を突け。敵の王族総大将を討てば、敵軍は瓦解する」
会議は、具体的な役割分担へと進んでいく。斥候、護衛、撤退経路。すべてが、綿密に決められていく。僕は地図を見つめながら、剣の柄に手を置いた。
(相手は……王族のオーブマ)
恐怖が、ないと言えば嘘になる。だが同時に、不思議な覚悟もあった。剣を振る理由は、もうはっきりしている。この戦争を終わらせるため。これ以上、仲間を失わないため。
会議の終わりに、司令官が言った。
「成功すれば、歴史が変わる。失敗すれば……誰も帰らない」
僕は立ち上がり、静かに答えた。
「……それでも、行きます」
天幕を出ると、外は夕暮れだった。
正面では両軍がぶつかり合う準備をしている。その裏で、俺たち別動隊は草原の起伏と森陰を縫うように進んでいた。目標は敵軍王族にして総大将であるオーブマ。
正面戦力では拮抗している。だからこそ、首を落とすしかない。
「……緊張してるか?」
隊長が小声で聞いてくる。僕は首を横に振った。
「してます。でも……行けます」
本当は心臓が早鐘を打っていた。相手は王族。圧倒的なマナを持つ存在だ。
俺はスカマ。奇跡の存在だと言われても、差があるのは分かっている。
敵本陣が見えた瞬間、別動隊は散開した。両軍が最後の決戦を始めて、しばらくが経った。合図と同時に、僕は一気に踏み込む。王族の護衛達は仲間に任せて、2人のレズマと一緒に王族のオーブマを倒すために、駆け付ける。剣を振り抜いた瞬間、凄まじい圧が正面から叩きつけられた。
「ほう……貴様が噂のゼロマ上がりのスカマか」
敵の王族、総大将。黄金の装飾を施した鎧。魔力が空気を歪ませている。
「……行くぞ!」
レズマの一人が突っ込む。だが、その瞬間。轟音。敵大将の一撃が、大地を抉った。突進したレズマは、反応すらできず吹き飛ばされ、二度と動かなかった。
「……くそっ!」
もう一人のレズマが、側面から斬りかかる。僕も正面から踏み込む。敵大将の剣が振り下ろされる。僕は受け止めた。
僕は歯を食いしばり、剣を両手で構えた。オーブマの一撃は、重さの概念が違った。マナそのものを圧縮したかのような斬撃。受け止める。全身が軋む。
(今だ……!)
受け止めた力を逃がさず、溜める。僕の剣技を返す。
叩き返した衝撃に、敵大将の目がわずかに見開かれた。
「面白い剣だ。だが、浅い!」
次の瞬間、相手はさらにマナを上乗せしてきた。僕の返した力を、正面から打ち消す。爆音。地面が抉れ、衝撃波が走る。吹き飛ばされそうになるのを、必死に踏みとどまった。
(……効かない)
敵大将が魔術を展開する。炎、雷、衝撃波。次々と放たれる攻撃。
「くそ!防ぎきれない!」
仲間のレズマは防御魔術をするが破壊され、雷撃が彼を貫いた。
「……頼む……勝て……」
その言葉を最後に、彼も倒れた。
力の差は歴然だ。それでも、僕は剣を下ろさなかった。敵大将は連続で斬りかかってくる。一撃ごとにマナの質が変わる。重く、鋭く、容赦がない。
僕は受け、避け、受け、返す。その度に、剣の感触が少しずつ変わっていくのを感じていた。
(……分かってきた)
力じゃない。タイミングと角度だ。相手のマナが最大になる瞬間。そこに剣を合わせ、受け止め、返す。最初はかすり傷程度だった返しが、次第に敵の体勢を崩し始める。
「ほう……戦いながら成長するか」
敵大将は笑った。次の瞬間、片手を上げる。
「ならば、魔術だ」
視界が歪む。炎、雷、風が出現する。複数の魔術が同時に展開された。直撃すれば、終わりだ。
(……なら)
俺は、教会で与えられたマナを思い出す。剣のためだけに使ってきた力を、カイルからもらった宝珠に流す。空気に溶け込むように、存在感を殺す。簡易的な隠蔽魔術。完璧じゃないが、一瞬でいい。
「……消えた?」
敵大将が一瞬、視線を動かした。その瞬間が、勝負だった。僕は側面から踏み込み、全力で相手の力と自の力を剣に乗せて振るう。受け止めるための剣ではない。叩き込む剣だ。
「――終わりだ!」
剣は、敵大将の鎧の隙間を正確に捉えた。体の芯を断ち切る感触。敵大将の体から、力が抜ける。
「……見事だ、スカマ」
その言葉を最後に、王族は膝をつき、倒れた。僕は剣を下ろし、荒い息を吐く。
勝った。ギリギリで、間違いなく。
戦いの中で、僕はまた強くなった。剣は、応えてくれた。
遠くで、戦況が変わるのを感じる。総大将の敗北。この戦争は、もう終わりに向かっている。
敵軍は、完全に撤退した。膝が崩れ、俺はその場に座り込んだ。を地面に突き立て、空を見上げる。生きている。仲間も、多くが生きている。
「……勝ったんだな」
兵士たちが集まり、僕を見下ろす。歓喜、涙、笑顔。
「レオン!」
「英雄!」
「戦争を終わらせた男だ!」
僕は、ゆっくり首を振った。
「……違う………終わらせたのは、僕じゃない。ここにいる全員だ」
一瞬の静寂。そして、さらに大きな歓声。
その音を背に、僕は立ち上がった。




