38.戦争④ (イラストなし)
―― 空中都市 中央城 ――
空中都市の玉座の間で座りながら、映像を見ていた。
雲の切れ間から覗く大地は、血と炎に染まっている。
「……よくやったな、レオン」
その言葉は、誰にも届かない。ただ俺自身の中に、確かな実感として残った。
剣を振るう弟子の姿が、俺の視界に焼き付いている。あの死地。撤退戦。貴族レズマ率いる大部隊。
普通なら、スカマの平民剣士が生き残る余地は一切なかった。だがレオンは、生き延びただけではない。剣の才能を“理解”した。
受け止めた力を、溜め、上乗せし、返す。あれは技術ではない。
才能の本質に辿り着いた者だけが辿れる領域だ。
「マナがなくとも、ここまで来れるか」
思わず、笑みが浮かぶ。俺は神だ。だが、全知ではない。だからこそ、面白い。
人は、俺の想定を超えた時に、最も美しい。
映像に指を触れると、映像が揺れ、映像が変わる。
そこに映るのは、各国の魔術研究所、学院、王立工房。すべてが、空だ。
「うむ。予定通りだな……これで、新たな戦場魔術は生まれない」
神としての“排除”。世界の理から、そっと削り取った。
この世界では、マナは遺伝で決まる。ゼロマ、スカマ、レズマ、オーブマ。
生まれた瞬間に、すべてが定まる世界だ。
だからこそ俺は魔術の“作成”という可能性を、水面下で排除した。既存の魔術は使える。だが、新術式。革新的理論。マナ増幅の研究。それらは、芽が出る前に潰した。資料は燃え、研究者は別の道を歩むよう“導かれた”。
魔術が進歩すれば、才能の差が、努力で埋まってしまう。
それでは俺達が作った支配構造が無駄になってしまう。神としては、歪んだ動機だろう。だが俺は、元々歪んでいる。
戦場の映像が切り替わる。禁忌国家と、弟子の国。
戦力は、ほぼ互角。エンリの兵法がなければ、禁忌国家がやや不利。
「……試練としては、もう十分だ」
俺は背後に視線を投げる。
「聞いているか」
空間が揺らぎ、エンリが姿を現した。楽しげな笑み。戦場を盤上遊戯のように見ている顔。
「はい。もちろん。面白かったですか?」
「ああ。十分すぎるほどにな」
「だから、この先の戦争は、適当に負けろ」
一瞬、エンリが目を丸くする。
「え? 本当に?」
「本当にだ」
彼女は顎に指を当て、少し考える。
「私の兵法、まだいくらでも――」
「使わなくていい」
「勝ち続ける戦争は、弟子を消耗させるだけだ。恐怖も、痛みも、もう十分に味わった」
エンリは、しばらく黙った後、肩をすくめた。
「相変わらず、過保護ですね。我が主」
「否定はしない」
俺は再び、水盤を見る。レオンは仲間の亡骸の中で、膝をついていた。
勝ったのに、泣いていない。剣を置いたまま、動けずにいる。
「……これ以上、背負わせる理由はない」
剣は、守るためのものだ。殺し続けるためのものではない。
少なくとも、俺はそう信じたい。
「戦場では、拙い指揮をしたふりをしろ。奇策は控え、補給を乱し、士気を落とせ」
「わざと負けるのって、案外難しいんですよ?」
「お前ならできる」
エンリは、楽しそうに笑った。
「もし、禁忌国家が計画通りに敗北したなら……その報酬は、我が主の特別なものを」
その視線が、心の奥まで絡みつくようだ。
俺は軽く首を振り、微笑を浮かべる。
「ふむ……欲張りな奴だな」
エンリはくすりと笑い、戦場への指示書を俺に差し出す。
「これでよろしいでしょうか? 前線の配置、奇策のタイミング、部隊の行動順序……全て主さま意向通りに動きます」
俺は手元の書面に指を走らせ、いくつか修正を加えた。魔術は完全に排除され、兵士の動き、補給線の制御、奇策の予測。全ては俺の意志で設計されている。
「よし、これで準備完了だ」
「了解です。じゃあ次は、凡庸な敗北をお見せします」
彼女が消え、空中都市には再び静寂が戻る。俺は雲の向こうを見つめながら、呟いた。
「……強くなったな、レオン」
それは、誇りであり。同時に、恐れでもあった。
剣だけで、ここまで来た弟子がこれから、どこまで行ってしまうのか。




