29.魔術の制作
―― 空中都市 中央城の執務室 ――
「失礼いたします、主様」
そこにいたのは城に仕えるメイドのアリアだった。
白と黒を基調とした制服に身を包む。湯気の立つティーカップから、柔らかな香りが漂ってくる。
「紅茶をお持ちしました。」
世界の命運を左右する決断を下す前に差し出される、あまりにもささやかな行為。だが、不思議と胸の奥が緩んだ。
「……気が利くな」
カップを受け取ると、指先に温もりが伝わる。神の身体は熱を必要としない。それでも、この温度は嫌いじゃない。
紅茶を一口含む。渋みの奥に、ほのかな甘さ。きっとレオンの国から届いた茶葉だろう。
「ありがとう。」
その言葉を口にした瞬間、メイドがわずかに目を見開いた。神から礼を言われることに、未だ慣れないのだ。
「い、いえ……お役に立てたなら光栄です」
アリアは深く頭を下げた。
「魔術の製造研究を確認しました」
レオンの話題が国中に広がり、レオンが住む酒場をすごく繁盛していた。原因を作ったレオンは酒場の手伝いに駆り出されていた。そんな中、ハルに報告したい事があると連絡来たので詳しく聞くために、住処に戻ってきた。
報告してくれたリフコは静かだったが、その内容は重かった。
古代の地球。この時代において、俺が唯一“作るな”と明確に定めたものがある。それが魔術の製造だ。魔術は世界を知っていて、見渡せる自分達が、世界全体を考慮して作っている。だから、6段階魔術の宝珠までしか人類に与えていない。
それを、国単位で作成しているという。問題の国は、レオンが住む国の隣にある。
両国は長年、友好的な関係を築いてきた。交易路は繋がり、国境では酒場が並び、互いの言葉が自然に混ざる。戦争など、誰も想定していない関係だ。だがその禁忌国家には、致命的な欠落があった。
「……海が、ない」
俺は思わず呟いた。地図を広げれば一目瞭然だ。山と砂に囲まれ、港を持たぬ内陸国家。対して、レオンの国は広大な海を抱いている。豊かな漁場、交易港、潮の恵み。
禁忌国家は海の資源から宝珠を作る研究をしていて、海の資源が豊富にあれば、宝珠を作れると思っている。しかし、宝珠は俺が宇宙で見つけた魔石がないと製造できない。欲が、見えた。
「彼らは、海を欲しています」
リフコの言葉に、私は沈黙した。欲望は人の原動力だ。だが、それが禁忌と結びついた時、必ず血が流れる。
レオンは、普通の人間だ。剣の才能はある。知恵もあるしスカマになった。だが、神でも英雄でもない。努力で積み上げてきた、ただの人だ。
「戦争に、なるな。………いや、戦争を起こせ。」
リフコは俺の意見に驚いた様子だった。
「よろしのでしょうか?……戦争になれば、スカマのお弟子さんは戦争に参加する可能性が高いです。」
「レオンが戦争に参加すようにしろ。戦争が次の試練だ。」
禁忌国家は直接侵略する。小競り合いを起こす。そしてレオンの国が“防衛のために兵を動かす”状況を作る。戦争とは、いつもそうやって始まる。
「戦争をコントロールするために、禁忌国家に向かってくれないか」
リフコを見ながら、頭を下げてお願いをする。
「かしこまりました。禁国家が戦争に負けるようにして、水面下では禁忌の排除を行います。」
禁忌魔術を作った国を、神罰で滅ぼすことは簡単だ。魔法一つ、地殻変動一つで終わる。だが、それをすれば、人は学ばない。恐怖だけが残り、次の禁忌が水面下で生まれる。
戦争を止めるのではない。戦争を“見せる”。
レオンを、戦場に立たせる。戦争がどれほど多くの命を踏みにじるのかを、彼自身の目で見せる。
残酷だと分かっている。だが、レオンは人間だ。神の言葉よりも、血と叫びの方が、心に刻まれる。
「計画を立てろ。両国の国境で小規模な衝突を誘発。レオンがいる国が先に動かざるを得ない状況を作る」
神が戦争を設計するという、最大の皮肉。
俺はレオンの顔を思い浮かべた。無邪気に笑い、剣を振るい、「守れるなら戦います」と言った、あの日の声。
「……生きて帰れ」
それは神の祈りであり、師としての願いだった。レオンは必ず戦争に巻き込まれる。
この戦争は、避けられない。
だからこそ、俺は神として、最も残酷で、最も人間的な選択をした。




