27.ゼマロ VS スカマ
―― 地上 エル家邸 ――
マナの差は、才能では覆らない。それはこの世界の、絶対的な法則だ。
だから最初から分かっていた。この戦いは、レオンが勝てば奇跡であり、負ければ 当然だということを。
それでも俺は、手を出さない。神となった俺が介入すれば、弟子の人生そのものが歪む。だから、ただ見守る。
「――はぁっ!!」
貴族騎士の槍が振り下ろされる。マナが爆発し、身体強化の魔術を使って、地面を砕ける。
レオンは防御に間に合わない。衝撃が直撃し、青年の体が宙を舞った。
「ぐっ……ぁ……!」
地面に叩きつけられ、血が散る。肋骨が軋む音が、神である私の耳にまで届いた。
マナを持つ者の一撃は、ただの斬撃ではない。それは災害だ。
「どうした? さっきまでの勢いは!」
騎士が嘲笑う。マナで強化された脚で地を蹴り、一瞬で距離を詰める。レオンは立ち上がろうとするが、遅い。槍が腹部を裂いた。
「――っ!!」
血が噴き出す。革鎧など意味をなさない。俺は、拳を強く握る。やはり、マナの 有無は決定的だ。
どれほど剣の才能があろうと、マナは「人を人でなくする力」だ。
レオンはよろめきながらも剣を握り直す。震える指。荒い呼吸。それでも、目は死んでいない。
「……マナが、すべてだと思うな」
かすれた声。騎士が鼻で笑う。
「事実だろう。ゼマロが、貴族騎士のスカマに勝てるわけがない」
人類はいつの間にかマナの有無に俗称をつけていた。
マナが無い人 ―― ゼマロ。
傭兵や貴族に仕える騎士の少量のマナ ―― スカマ。
貴族の多いマナ ―― レズマ。
王族の非常に多いマナ ―― オーブマ。
人類は常に秩序と感情の狭間で揺れ動く生き物だ。だから、形式ばらない呼び名を生み出し、互いの距離を測るためにこの俗称が作られたのだろう。正式名称は作っていなかったから、俗称を正式名称にしても問題ないだろう。
剣が再び振るわれる。レオンは避ける。だが、完全には避けられない。肩が裂け、腕が落ちる。
「……僕は、マナじゃ戦えない。ゼマロでも、剣で戦う!」
その声には、恐怖も諦めも混じっていない。ただ、信念があるだけだった。
騎士が嘲笑する。
「ゼマロごときが、スカマに挑むなど愚かだ!」
だが、レオンは倒れなかった。ふらつき、剣を支えにしながら。
「まだ……立つか。化け物め」
騎士の言葉は正しい。ゼロマが、スカマを相手にここまで生き延びていること自体が異常だ。
騎士の槍が弟子の腹を裂く。血が噴き出し、弟子の膝が折れる。それでも、剣は手放さない。
「……なぜだ」
騎士が苛立った声を上げる。
「なぜ、そこまでして立つ!貴様はエル家とザヘル家の争いに、つい最近から関わっただけだろ。」
レオンは、血と汗に濡れた顔を上げた。その目は、まだ折れていない。
「……僕は」
声は震えている。だが、言葉は、はっきりとしていた。
「力を持つやつが、正しいって世界が……嫌いです」
「マナがあるだけで、偉そうにして。生まれで決まって。才能がないやつは、最初から見下される」
レオンは、剣を握り直す。
「僕は……誰かを守るために剣を振るう。踏みにじられる側だった人間が、立ち上がるってことを……証明したい」
剣を失ったまま、血だらけの体で立ち続ける。
「……剣は、まだ終わってない」
何を言っている、と騎士が眉をひそめた瞬間。レオンは、地面を蹴った。
ゼロマであるレオンが、マナのあるスカマに勝つための唯一の武器――剣の技と読み――それを信じている。
騎士が再び剣を振り下ろす。マナの刃が、レオンの体を引き裂こうとする。だがレオンは回避ではなく、真正面から受け止めた。刃の衝撃を全身で受け止め、踏み込み、反撃の剣を叩き込む。
剣と剣がぶつかる衝撃。火花が散り、騎士の腕がしなる。ゼロマの剣が、スカマのマナを僅かに削る。
「くそ……!」
騎士の叫びが、戦場を震わせる。だがレオンは血と汗で顔を覆いながら、前に出る。ゼロマの体で、スカマに立ち向かう。
最後の一撃。騎士が力を込めたマナの斬撃。レオンの体に深く食い込む。血が吹き出し、膝が崩れる。
だが、その瞬間、レオンは力の全てを剣に乗せ、逆にスカマの喉を突き刺した。
「……マナが、強すぎる……だから……」
血と汗に濡れた顔で、レオンは笑った。
「……動きが、分かりやすい」
レオンはマナに頼る者の「油断」を、剣で学んできた。騎士の視線。重心。一瞬の硬直。
マナの鎧を貫く、純粋な剣の力。騎士が呻き、血が飛び、地に倒れる。ゼロマの弟子が、スカマを討ったのだ。
騎士の目が見開かれ、声にならない音を漏らす。血が流れ、膝が崩れ、そして命が、途切れた。
レオンは剣を引き抜き、その場に崩れ落ちそうになるが剣を杖代わりにして持ちこたえる。
「……勝った。」
かすれた声で、レオンは呟く。
「……逃げなかった。僕は、僕の信念で……剣を振った」
全身が血だらけで、まともに立つこともできない。それでも、生きている。
俺は、ゆっくりと目を閉じた。神である俺が、手を出さずに済んだ。
それは喜ぶべきことではない。だが、この世界で生きるということは、そういうことだ。
マナを持つ貴族騎士を、マナを持たない人間が、剣だけで殺した。それは奇跡ではない。
――執念だ。
マナに屈せず、血にまみれながら、人として戦い、人を殺す決断をした青年。
この世界は、残酷だ。だが同時に、
神ですら手を出せない“強さ”が、確かに存在する。




