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人類誕生時代に来たので、人類の支配者になる  作者: 浅霧 瀬智
第2章

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23.初めの一歩 (イラストなし)

―― 地上の都市 ――


都市に足を踏み入れた瞬間、レオンは言葉を失った。

高い城壁の内側には、別の世界があった。教会の孤児院や田舎の村とは比べ物にならない規模だった。石畳は磨かれ、馬車が行き交い、人の流れは川のように絶えない。屋台から立ち上る香辛料と焼き肉の匂い。遠くで鳴る鐘の音。祈りと金と欲望が混ざり合った、濃密な空気だ。


「……すごいな」


ぽつりと漏らしたその一言に、俺は何も返さなかった。驚きは学びの入口だ。言葉で薄める必要はない。

都市は繁栄している。少なくとも、表側は。


だが神の目を持つ俺には、石畳の下に溜まった歪みが見える。富は高く積み上がるほど、影を濃くする。貴族の屋敷が並ぶ大通りから一歩外れれば、路地は狭まり、家々は互いに寄り添うように傾いている。人々の服はくすみ、視線は低い。


それでも、レオンの目は輝いていた。

田舎しか知らなかった少年が、世界の心臓部を前にしている。その鼓動を、全身で感じ取ろうとしている。


宿は、城門近くの大きな建物に決めた。旅人と商人が集まる、よくある宿だ。看板は古いが、扉は重く、繁盛している証拠に人の出入りが多い。中に入ると、酒場の喧騒が一気に押し寄せてきた。


笑い声、怒鳴り声、酒杯がぶつかる音。壁には狩りの獲物の剥製と、色褪せた戦旗。暖炉の火が揺れ、影が踊る。


レオンはきょろきょろと周囲を見回していた。その視線が、ある一点で止まる。


酒場の中央付近。貴族風の服装をした男性が4人。腰に剣をつけている事とマナの量から貴族の私兵なのはすぐに分かった。テーブルにある料理の減り具合を見るに、飲み始めたばかりだろう。

その前に立たされているのは、看板娘らしい若い女性だった。清潔だが質素な服。手には空になった酒瓶。笑顔を貼りつけているが、目は逃げ場を探している。


「おい、もう一杯だ」

「今度は俺の膝の上で注げよ」


男の手が、彼女の腕に絡みつく。逃れようとすると、別の手が腰に回る。


露骨な行為ではない。だが、それが逆に、この都市では“問題にならない”程度の行為であることを、周囲の反応が物語っていた。


誰も止めない。

誰も見ない。

誰も聞かない。


酒を飲む者は、杯の中を覗き続ける。商人は計算に夢中なふりをする。宿の主人は、忙しさを理由に背を向ける。


階級差別が激しい国では、ありふれた光景だ。魔術を使うためのマナは親の遺伝ですべてが決まる。俺はマナと魔術を人類に与えると決めた時から、このような事が世界中で起こると確信していた。それでも俺は自分の欲望を優先した。     明確な力があるから、階級差別がなくなるのは、俺が知る歴史より、はるかに遅くなるだろう。


レオンの拳が、ゆっくりと握られた。俺は、それを横目で確認する。

彼が何を見て、何を感じ、どう選ぶのか、それを見るために、俺はここにいる。


「ねえちゃん、嫌がるなって。俺たちは金を落としてるんだ」


男たちの笑い声が、酒場に広がる。看板娘は、震える声で言った。


「……お代は、もう頂いてますので……」

「だったら、別の形で払え」


周囲の空気が、わずかに張りつめる。だが、それもすぐに緩む。誰かが笑い、別の誰かが話題を変える。都市は、こうして摩耗しながら回っている。


レオンが、一歩前に出かけた。俺は、低く言った。


「頭に血が上っている。冷静になって、判断しろ。」


彼は立ち止まる。歯を食いしばり、深呼吸して再びその光景を見る。


剣を抜いてもレオンには厳しい戦いになる。レオンはマナがない。相手はマナを使える。剣を持っているから身体強化の魔術を使って戦うタイプだとわかる。マナの有無はすごく大きい。動物で例えると、マナがない人をネズミなら、マナが少しでもある人はネコぐらいになる。


しかも、ここは都市。剣は問題を解決するが、同時に、別の問題を必ず生む。


看板娘の目が、一瞬だけこちらを見た。助けを求めるでもなく、期待するでもない。ただ、「慣れている」目だった。それが、レオンの胸を最も強く刺した。


富と権力が集中し、守られる者と踏みにじられる者が固定される。

私兵の一人が、ついに看板娘の顎に指をかけた。


「ほら、笑えよ」


その瞬間、レオンが動いた。剣ではない。声だ。


「やめてください!」

その声は、酒場の喧騒の中でも鮮明に響いた。男たちは一瞬、笑いを止め、彼を見下ろす。


「坊主、口を挟むな。これは俺たちの遊びだ」

男の一人が吐き捨てるように言う。腕を看板娘に絡ませたまま、力を抜かない。


レオンは深く息を吸い、さらに声を強めた。

「遊びですませる話ではありません! 彼女はあなたたちのものじゃない!」


その言葉に、男たちは眉をひそめた。言葉尻には苛立ちが滲んでいる。だが、レオンの目を見れば、ただの正義感ではない、確固たる意志が宿っていることがわかる。彼の剣の腕前と同じく、目の奥には揺るぎない信念がある。


「……坊主、何様のつもりだ」

「何様かじゃありません。ただ、人として当然のことを言っているだけです!」


「なんだ坊主。身の程を知らねえのか」

「どこの誰だか知らんが、俺たちは――」


「貴族の犬だろ」


その言葉は、刃よりも鋭かった。男たちの顔が歪む。

看板娘は震えているが、目に微かな希望が灯った。レオンはその希望を胸に、手を前に差し出すようにして、男たちに近づいた。剣は抜かない。力も使わない。


「争いません。ただ、やめてください。あなたたちが望む快楽は、誰かを傷つけることを前提にしてはいけません」


酒場の中に、一瞬の静寂が訪れた。騒がしい客たちも、呼吸を止めるようにして、二人の間を見守る。 


俺は、黙っていた。助言はしない。これは、彼の選択だ。看板娘が、そっと後ろに下がる。誰も、それを止めない。


そこへ、扉が乱暴に開いた。


「おい、探したぞ」


入ってきたのは、身なりのいい男だった。刺繍の入った外套、腰に下げた印章。貴族の使い――いや、男たちの上司だ。


「緊急だ。今すぐ戻れ。旦那様がお呼びだ」


空気が、目に見えて変わる。男は舌打ちし、レオンを睨みつけたが、それ以上は何もしなかった。権力の序列は、こういう時にはっきりする。


「チッ……覚えてろよ」


安い捨て台詞を残し、男は仲間と共に酒場を出て行った。扉が閉まると、溜め込まれていた息が一斉に吐き出される。喧騒が、ゆっくりと戻ってきた。


都市は、強い者に寛容で、弱い者に無関心だ。だが、無関心の中にも、わずかな隙間はある。


リオは、その隙間に立っていた。彼の背中を見ながら、俺は思う。

英雄は、雷のように現れない。こういう場所で、こういう一歩を踏み出すことで、生まれる。


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