22.盗賊
―― 地上 小さな教会 ――
神として名を刻まれてから、ずいぶん長い時が流れた。
だが、あの少年を剣の弟子に取った日のことは、今でも鮮明に思い出せる。教会の裏庭、錆びた鐘、細い腕で木剣を握りしめていた孤児の少年。レオン。あれから 7年が過ぎ、彼はもう少年ではなかった。
「師匠」
青年になったレオンは、そう呼んで俺に頭を下げた。背は伸び、体つきは引き締まり、無駄な肉はない。剣を腰に下げた姿は、どこからどう見ても一人前の剣士だ。ただ、その目だけは昔と変わらない。理知と優しさ、そして自分の力をどう使うべきかを常に問い続ける目。
「都市へ行きます」
その言葉を聞いた時、俺は何も言わなかった。止める理由も、引き留める権利もなかったからだ。
「教会で育ててもらいました。食べ物も、本も、居場所も……全部、誰かの善意でした。」
「だから、僕も剣を振るうなら、誰かのために使いたい。誰かの助けになりたい。」
都市。富と権力が渦巻き、同時に弱者が切り捨てられる場所。レオンが育った田舎とは比べにならないほど多くの血が無駄に流れる場所だ。
レオンは言いにくそうに迷った顔したが、口を開く。
「お願いがあります師匠。僕は世界について何も知らないので、僕の旅に付いてきてほしいです。」
俺はレオンに剣しか教えてない。他の教育は教会がしてるはずだ。おそらく世間知らずは嘘で俺と別れたくないのだろう。
「好きにしろ。‥‥ただし、俺は何もしない。たまに助言するだけだ。」
頭を下げていたレオンは驚いた顔をしたが、すぐに笑った。
「それで十分です。師匠が見ていてくれるなら」
こうして、俺たちは旅に出た。同行はするが、あくまで傍観者。神としての力は 封じ、人として歩く。 彼の選択と剣が、どこへ辿り着くのかを見るために。
道中、景色は次第に荒れていった。畑は痩せ、家屋は崩れ、子どもたちの目から活気が消えていく。都市に近づくほど、周辺は貧しくなる。皮肉な話だ。
その村付近の道中で起きた。
現れたのは、盗賊だが、鎧も揃っていない。農具を研いだだけの刃、継ぎはぎの服。目に浮かんでいるのは、悪意よりも焦りだった。
「金を置いていけ」
声は震えていた。
レオンは一歩前に出た。剣を抜くが、構えは低い。
「僕たちは旅人だ。争う気はない」
「うるさい! やらなきゃ、村が――!」
その瞬間、盗賊の一人が飛びかかった。
俺は黙って見ていた。助言する役目はあるが、答えを与える役目はない。
盗賊が動いた。恐怖と焦りが、判断を狂わせたのだろう。刃がレオンに向かう。レオンは剣を抜いた。
一閃。だが、斬らない。刃をずらし、腕を打ち、地面に叩き伏せる。次の男には柄で鳩尾を打ち、最後の一人には剣先を喉元に突きつけた。一切の殺気を込めず、圧倒する。
「僕は、お前たちを斬れる」
静かな声だった。
「でも、それをしたら、お前たちは盗賊で終わる。生きる理由を失う」
「どうして盗みをする」
「決まってるだろ。貴族だ」
レオンは男たちの事情を話すように脅した。男たちは一斉に吐き出すように語り始めた。税の増徴。徴発。作物の強制買い上げ。逆らえば暴力。村は何度も潰され、逃げ場はなかった。彼は村人たちに提案した。都市で護衛の仕事を探すこと。村の若者を連れて行き、稼いだ金を村に戻すこと。時間はかかるが、奪うより確実だ。
盗賊だった男たちは、泣きながら頭を下げた。
その夜、焚き火の前でレオンは言った。
「僕は間違ってませんでしたか」
「正解はない」
俺は答えた。
「だが、お前は自分の剣で、自分の答えを作った。それでいい」
炎に照らされた青年の横顔は、もう弟子のものではなかった。
都市の城壁が、遠くに見えてきた。石で築かれた巨大な影。その中には、希望も 腐敗も、救いも絶望も詰まっている。レオンは前を見据えて歩く。
教会がそうであったように、自分の剣を誰かのために使うために。
都市はもうすぐだ。そこで彼が何を選び、何を守り、何を失うのか――
俺はただ、傍で見届ける。
神としてではなく、一人の師として。




