15.神罰
ー メソポタミア文明 都市 ー
その日、都市の空は、朝から不気味な沈黙に支配されていた。雲一つない空なのに、太陽の光は弱まり、都市全体が薄い影に覆われている。何か大きな存在を前にして息を潜めているかのようだった。
最初に異変に気づいたのは、城壁の見張り兵だった。
「……空が、割れている?」
次の瞬間、空に亀裂が走った。世界そのものが裂かれるような感覚。亀裂の向こうから溢れ出したのは、眩いほどの白金の光だった。数え切れないほどの天使が、空から降臨してきた。彼らは羽ばたかない。翼を広げたまま、重力を拒むように静かに浮遊し、幾何学的な陣形を描いて整列していく。その光景は美しく、同時に絶望的だった。
大量の天使の中心からツバイが現れる。
「予定通りに天使は都市を完全包囲しろ。」
ツバイの指示で天使達は陣形を保ちながら、都市を包囲する。
「こんなに早く、魔法を人類に使う機会が来るとはな。」
ツバイは都市の上空で魔法を発動する。指先に青い光が集まりだす。 世界の理が、形を得たかのような輝きだった。ツバイは光を都市に向けて飛ばす。光が膨張し、円環となって広がる。建物は触れた瞬間に崩壊されていく。城壁は紙のように消え、城下町は吹き飛ばされ、神殿の神像は祈りを上げる間もなく虚無に還る。 1つの魔法で都市の8割が破壊される。
―― 創造魔法 ――
ツバイがマナを鍛えて、創造の概念を手にした。創造魔法はできない事が存在しない。森羅万象のすべてがツバイの思い通りにできる。
「な……何だ、これは……」
それを目にした王は、理解を拒絶するように震えた。次の瞬間、彼は狂ったように笑い出す。
「はは、ははははは!! 幻だ! そうだ、神官どもが見せた幻覚だ!!」
だが、窓の外で崩れ落ちていく都市の光景は、容赦なく現実を突きつける。ツバイは都市に降り、王がいる場所に歩き出す。
「殺せ! 殺せ! 神だろうが関係ない! 俺の命令だ!」
王は軍司令官に掴みかかる。
「魔術部隊を出せ! 全てだ! 禁呪も構わん! 神を魔術で殺せ! 灰にしろ!」
司令官は青ざめながらも跪いた。
「は、はい……全軍、全魔術展開!」
数百の魔術師が一斉に詠唱を開始する。火球、雷槍、氷刃、――人類が積み重ねてきた、ありとあらゆる魔術が、ツバイへと向けられた。
ツバイは青いオーラを周りに纏い始める。魔術が青いオーラにぶつかった瞬間に、すべての魔術は破壊された。ツバイは魔術が消されるほどの濃密なマナを纏い、 防御をする。
「神だろうが、形を持っている以上、斬れぬ道理はないッ!」
王は剣を引き抜き、床に叩きつける。金属音が、壊れた鐘のように虚しく響いた。
「近衛兵! 重装歩兵隊を集めろ! 弓は要らん、魔法も捨てろ!」
王は叫びながら、剣を女神へ突きつける。
「あの神を――剣で殺せ!」
命令を受けた将軍たちは、一瞬だけ躊躇した。だが、王の目はすでに正気ではなく、逆らえばその場で首が飛ぶことは明らかだった。
「全軍、白兵戦用意……!」
市の大通りに、重装の兵士たちが雪崩れ出る。槍を捨て、剣と盾を構え、恐怖を必死に怒号で塗り潰しながら。
「突撃しろおおおお!!」
「その覚悟に応え、俺も剣で相手になろう。」
ツバイは剣を抜き、剣にマナを流しながら構える。本能が揺さぶられてしまうほどの圧倒的な力の塊。全身から覇気を滾らせ、彼らを敵と見定める。その背後にいる者達を、守り、導くものと定義する。
剣を構えて走り出す。
「な……何だ、あれは……!」
戦場より僅かに後方。一人の人間は声を震えさせた。それは彼だけでなく、周りにいる兵士達も恐怖で顔を青褪めさせている。何が起きたかは分かる。神がたった 一人で、前線の軍と接敵した。
だがその結果起きている事態に、脳が理解を拒んだ。神といえども、所詮は個人レベルの脅威でしかない。そう思って――否、思い込んでしまっていた兵士達は、思い知った。
人と神では戦いが成立しない事を。
それは、常人では視認すらも難しい動きであった。近くでそれと接敵したものは、何が起こったか理解出来ていないであろう。
ツバイが凄まじい勢いで距離を詰め軍勢に飛び込んだ途端、百人程度が瞬く間に身体に斬撃を浴びて両断され、命を落としていく。
兵士達も、ツバイが近づいてきたことで剣や槍を構え、指揮官の指示に従って戦おうとした。
「構え――」
一秒と保たなかった。指示を出した前線指揮官の将軍は、遠距離から飛んできた 斬撃に即座に首を落とされた。兵士達は一瞬の事でそれに気づかなかったが、交戦と同時に同じ様に身体を大地に沈めた。
前線の指揮官を殺したツバイは、軍勢の中にたった一人で飛び込む。途端、暴風が巻き起こった。
飛ばされるのは人間の首、身体。ツバイが一切の歩みを止めることなく、剣を振り、人間を塵の様に屠っていく。
軍をすべて切り殺したツバイの視線は、王へと向けられた。王は全身を震わせながらも、なお叫ぶ。
「来い! 来てみろ神! 余が……余がこの手で殺してやる!」
「安心しろ。お前は死ぬことはない。‥‥‥違うな。死にたいと願っても、死ぬことは許さん。」
ツバイは笑顔を浮かべていたが、王は神ではなく死神のほほ笑みにしか見えなかった。
神罰が下った後、世界は静かすぎるほど静かだった。
「都市」と呼べるものは存在していない。城壁は半ば溶け、石は石であることを忘れたかのように歪んで大地に沈んでいる。王城は完全に消失し、いたるところに火災が発生している。
この世界には、越えてはならない一線が存在するという事実が永遠に語り継がれる事になる。




