14.国の混乱
ー メソポタミア文明 本部教会 ー
神の声が国中の人に届いてから2日が経った。都市の人々は逃げるしかなった。広場では馬車が衝突し、荷馬車は転覆して荷物が散乱する。子どもを抱えた母親は泣き叫びながら人々の波に押され、老人は転倒しても立ち上がることができない。見る者すべての心に絶望の影を落としていた。
港では船乗りたちが慌ただしく動き回り、積荷を投げ捨て、ロープをほどく。逃げるための船は人々でごった返し、桟橋は押し合いの地獄絵図と化していた。波の音よりも、人々の叫びと悲鳴が耳をつんざく。逃げる者たちの中には、あまりの恐怖に立ちすくむ者、混乱の中で仲間を置き去りにする者もいる。誰もが命の保証がなく、ただ「生き延びる」という本能だけが支配していた。
「どうか‥‥どうかお願いします天使様。」
教会内には、多くの信者がいた。神罰から逃げずに祈りをしている。そんな中、 1人の信者が天使に頭を地面につけ、泣きながら土下座をして懇願していた。天使は感情がない顔で信者を静かに見つめていた。
「妹は不治の病で動く事ができません。‥‥このままでは、避難ができません。 天使様の力で病を治してください。‥‥私のできる事は何でもいたします。」
信者の涙が頬を伝って大理石の冷たさに吸い込まれていく。言葉は途切れ、嗚咽が再び口をつく。土下座する手に力が入らず、床に押し付けた掌が震える。信者の懇願が何度も教会に響く。天使は信者の容姿を確認して、ナノマシンを通して妹の容姿を確認する。天使はAIのハルから指示が通達される
「神の慈悲はすで与えました。しかし、あなたの妹は特異な力があります。なので、条件をつけます。病を治したら、住居を空中都市の城に移し、姉妹でメイドになり、神と女神に永遠に仕えなさい。」
長年渇望していた何かが満たされる感覚が波のように押し寄せた。嗚咽は希望の叫びへと変わる。唯一の家族が助かる事がわかると信者の全身から絶望が洗い流されていく。
「ありがとうございます。……本当に、ありがとうございます……!」
ー メソポタミア文明 王城内部 ー
民は恐怖に怯え、祈りを捧げる声が遠くから聞こえていたが、そのすべてを王は無視していた。
「ふん、神ごときが俺の前に立ちはだかるというのか……!」
王は玉座の前に立ち、剣を握りしめて叫んだ。黄金に彩られた甲冑は鈍く光り、王の横顔を神々しくも愚かに映し出す。周囲に集まった家臣達は、王に媚びていたが彼らの目には恐怖と困惑があった。
「この国に神罰が下るのも俺の力で止めてみせる!」
王の声には根拠のない自信が溢れていた。実際、王の策略や戦術は粗雑で、都市を守る力よりも自己顕示欲の方が遥かに強かった。だが、その愚かさが逆に彼を突き動かす。王は神の降臨の知らせを受けて以来、一睡もせず、戦の準備に没頭していた。
「逃げはせぬ! 俺の力で、神をこの世から追い払ってやる!」
貴族の一人が、怒りの感情を声に乗せながら、王に忠告する。
「陛下……神は人間の力では抗えぬ存在です。今からでも遅くありません。教会に出向き、謝罪をするべきです。……」
「黙れ!」
王は貴族の言葉を切り捨て、床に足を踏み鳴らす。忠告した貴族は愚かな王を見限っており、日頃から距離をとっていた。しかし、今回の事態に行動する必要があった。
「我々が使う魔術は10段階ある中で、6段階までしか使えません。6段階魔術は陛下しか使えませんし、6段階魔術は小さな村を消し飛ばす威力です。魔術は神から与えられた力なので、神は10段階魔術が使えると考えるべきです。」
「黙れと言っている!」
王は宝珠がついている杖を持って、3段階魔術を使った。約1mの風の刃を貴族に向けて放たれた。貴族は困惑した顔をしながら、大量に血が流して倒れる。
王の胸中では、戦いの勝利を夢見る妄想が渦巻く。神を斬り伏せ、国民の歓声を浴びる自分。民は自らの愚行を忘れ、王の偉大さを讃える……そんな光景が、現実を無視した幻想として広がっていた。
「さあ……来い、神よ! 我が剣の前に立つがいい!」
王には、恐怖も疑念もない。ただ己の力を示す愚かな自負があった。そしてその愚行は、神罰と直面する瞬間まで止まることはなかった。




